第10章 言葉の層・文体・表現

この章では、文法の規則そのものではなく、その規則が「誰が・どこで・何に向かって」使うかによってどう変わるかを扱います。都と崖道の言葉の違い、縁の市の取引言葉、書き言葉の文体、日常の定型表現、空間と時の言い方、親族名称と名前、詩の語順と韻律を順に見ていきます。

高原の人々は、言葉にも高さがあると考えています。整った言葉は上へ昇り、崩れた言葉は下へ沈みます。この見方が、言葉の層の呼び分けにも、それぞれの層に対する評価にも、はっきり表れています。

10.1 言葉の層の全体像

10.1.1 言葉の呼び名

高原の人々は、自分たちの言葉を三つの名で呼び分けます。ふだん・改まった場・詩の三段になっていて、国の名の三段とちょうど対応しています。

名 字義 使う場面
amvirá 上手の言葉 もっとも一般的な名。都でも森でも崖道でも通じる中立の総称で、宮廷語と崖道の言葉の違いを問わず、高原で話される言葉全体を指す
þailvirá 澄んだ言葉 都と宮廷で、自分たちの言葉を誇りをこめて呼ぶ名。狭い意味では宮廷・都の改まった言葉を指し、崖道の言葉・森の言葉・取引言葉を含めない。改まった場や書き言葉では、高原語全体の雅称にもなる
aurselvá 昇る息 詩、祈りの詞、系譜の唱えの中で使う古風な名。韻律の整った祈りの言葉そのものも指す。日常会話ではまず使わない

国の名も同じ三段です。

名 字義 使う場面 性
análor 上手の国 ふだんの自称。会話、帳簿、役所の文書。崖の上の土地そのものも指す 重性
anaurím 上手の高み 王国の正式名。年代記の書き出し、統一の碑、法典の序、干潟への書状 軽性
amfóndar 上手の源 詩、系譜の唱え、祀りの詞での雅名 重性

干潟語は高原では「泥の言葉」「下の国の言葉」と呼ばれ、古くさく粗野な言葉と見られています。逆に干潟の人々は高原語を「陸の言葉」と呼び、改まっているが冷たい言葉と見ています。

10.1.2 五つの層

高原語には、社会の層に応じた次のような変種があります。今の標準語は、約二百年前に高原を統一した湖畔の都の宮廷の言葉で、統一とともに森の氏族の言葉を押しのけて広まったものです。

層 話し手 主な特徴
宮廷語・都の言葉 宮廷、都の役人、都の大商家 すべての語尾をはっきり発音する。強勢のない母音も落とさない。双数・六つの法・敬語の補充形をそろえて使う。語頭と子音のつながりの r をふるえ音で発音する
森の言葉 森の氏族 古い語末母音の脱落を免れた形が一部に残る(gandéra, tambóro, slúuna, lími)。重性に入る語が多めである
崖道の言葉 崖道の商人、運び人、縁の肩の人々 今の語末母音の脱落がよく起こる(áur, dúl, lís)。双数が半分だけ残る。赤月の数え方と干潟語からの借用語が入っている
縁の市の取引言葉 市に集まる高原と干潟の商人・運び人 格語尾も敬語もほとんど落ち、動詞はむき出しの語幹で使う。ende「どうぞ」が固まって残る
古高原語 (碑文と詞に残る古い段階) 北の高みの碑、降ろし場の碑、森の巫の詞、星の司の唱えに残る

都の言葉と崖道の言葉の違いは 10.2 で、取引言葉は 10.3 で、詳しく見ます。

10.1.3 言葉の高さ

高原の信仰では、言葉は息であり、息は軽く、上へ昇るものです。この考えが、言葉の層の評価を決めています。

10.2 都の言葉と崖道の言葉

都の改まった言葉と、崖道の運び人や商人のくだけた言葉は、発音・語形・統語のいくつかの点で食い違います。どちらも同じ高原語で、互いに通じますが、どちらの形を使うかで話し手の出自がすぐにわかります。

10.2.1 発音

今の語末母音の脱落。 崖道の言葉と、都でもくだけた話し方では、強勢のない語末の母音が、子音の種類に関係なく落ちます。屈折語尾でも落ちます。宮廷語では起こりません。

都の言葉 崖道の言葉 意味
áura áur 昇る(3単・軽)
dúlo dúl 下る(3単・重)
lísa lís 書く(3単・軽)
lisénde lisénd 書きますように
ende énd どうぞ
faronéra faronér 担ぐ(3単・軽)
seirénde seirénd しばしお待ちを

そのほかの発音の違い。

旧道の町の言葉。 崖道の旧道にある古い町の人々は、くだけた話し方でも動詞の語尾を落とさず、áura・lísa と言います。今の脱落は人の行き来する道に沿って広まりましたが、町がすでに主要な道から外れていたため、届きにくかったのです。町の名前〈funelora〉も、外の人は古い脱落の規則どおり funelór と言いますが、町の人は語末の母音まで読んで funelóra と言います。都の人には、町の人の話し方が「崖道の者なのに、妙に丁寧」に聞こえます。

10.2.2 半分だけ残る双数

都の言葉では、単数・双数・複数の三つの数を、名詞にも動詞にも形容詞にもそろえて使います。崖道や縁のくだけた言葉では、双数が半分だけ残ります。

名詞は双数のまま、それを受ける動詞と形容詞は複数にします。

áurau sílarau an ilánais.

読み:アウラウ シーララウ アン イラーナイス。

áur-ausílar-auanilán-ais.
昇る-<双数>月-<双数>上手灯-<〜たちを>

「二つの月が、星々のほうへ昇る。(都の言葉)」

áuran sílarau an ilánais.

読み:アウラン シーララウ アン イラーナイス。

áur-ansílar-auanilán-ais.
昇る-<彼らが>月-<双数>上手灯-<〜たちを>

「二つの月が、星々のほうへ昇る。(崖道の言葉)」

人称の情報の逆転。 都の言葉では、双数の動詞 -au は人称も性も区別しません。そのため「我ら二人は」と言うには、主語 dáun を省けず、人称を言うときは複数の代名詞を前に添えます。崖道の言葉では動詞が人称つきの複数形なので、動詞から人称がわかり、dáun を省けます。

gélau némor dáun du orén.

読み:ゲーラウ ネーモル ダウン ドゥ オレーン。

gél-aunémordáunduorén.
行く-<双数><我々>二人下手縁<対格>

「我ら二人は縁へ行く。(都の言葉)」

gélimor du orén.

読み:ゲーリモル ドゥ オレーン。

gél-imorduorén.
行く-<我々が>下手縁<対格>

「我ら(二人)は縁へ行く。(崖道の言葉)」

くだけた崖道の言葉のほうが、動詞の運ぶ情報が多いという逆転が起きています。

並べた主語の人称。 主語を si「と」で並べて複数で受けるとき、動詞の人称は1人称>2人称>3人称の順に優先します。都の言葉ではこの規則を三つ以上並べたときに使い、単数が二つのときは人称を区別しない双数 -au で受けます。崖道の言葉では、二つを並べたときにも人称つきの複数で受けます(→ 第6章)。

前置詞の後ろの双数。 前置詞 an・du・or・vel・un・sal の後ろでは、都の言葉でも双数のかわりに複数の形を使います。これは崖道の影響ではなく、双数の属格と与格が同じ形なので前置詞の意味が決まらないためです(→ 10.6.8)。

10.2.3 疑問詞 pó・pón と代名詞 ó

「何が」と「何を」。 都の言葉では、「何」の主格 pó と対格 pón を言い分けます。崖道や縁のくだけた言葉では pón を使わず、pó で済ませます(森の古い詞にも pón はありません)。そのため、前に出た pó の既定の読みが方言によって逆になります。

pó dulíþo gandér?

読み:ポー ドゥリーソ ガンデール?

pódul-íþ-ogandér?
何<主格>下る-<〜させる>-<(重いものが)>硬木<対格>

「何が硬木を下ろすのか。」

ó が二つ続くとき。 重性の主語を前に出し、目的語も ó で受けると、主語の枠の再述の ó と目的語の ó が並びます。都の人はこれをとくに嫌い、目的語を名詞で言い直します。縁の言葉では一語に縮めて óo と言います。

gandér dulíþo óo.

読み:ガンデール ドゥリーソ オー。

gandérdul-íþ-oóo.
硬木<主格>下る-<〜させる>-<(重いものが)><3人称単数・重性・NOM+ACC>

「硬木こそが、それを下ろす。(縁の言葉)」

市の決まり文句 póso「これは何だ」(→ 10.3.7)と同じ種類の縮約です。

10.2.4 関係節の閉じ方

関係節は文の終わり(か読点)まで続くので、関係節のついた主語の後ろに目的語を続けるには工夫が要ります。都と崖道で、その工夫が違います。

lísa sáindaran lisár te séna senár.

読み:リーサ サインダラン リサール テ セーナ セナール。

lís-asáindar-anlis-ártesén-asen-ár.
書く-<(軽いものが)>証文-<対格>書く-<〜する人・主格><関係節>見る-<(軽いものが)>見る-<〜する人・主格>

「目付が見る書記が、証文を書く。(都の言葉)」

lísa lisár te séna senár, sáindaran.

読み:リーサ リサール テ セーナ セナール、サインダラン。

lís-alis-ártesén-asen-ár,sáindar-an.
書く-<(軽いものが)>書く-<〜する人・主格><関係節>見る-<(軽いものが)>見る-<〜する人・主格>証文-<対格>

「目付が見る書記が、証文を書く。(崖道の言葉)」

10.2.5 縮約・語法・語彙の違い

項目 都の言葉 崖道・縁のくだけた言葉
「それから」 duói dói
「しかし」 salóur slóur
「または」 orvél は文と文のあいだだけ 名詞どうしのあいだにも置く(gandér orvél kumbór?「硬木か、青銅か」)
場所を言わない存在文 un méndalei「中の世界に」を添える(éso fáron gróm un méndalei.) séndoi「ここに」で代える
所有の文の後の副動詞 -in 文法上の主語(持たれている物)で数えるので使えず、duói でつなぐ 縁の言葉では持ち主も主語と数え、-in でつなぐことがある(都では誤りとされる)
an の指す向き いつも北 その場の高さ(→ 10.6.2)
暦 白月と星の暦 運び人と崖道の商人は、取引のために赤月の巡りも使う
「できる」 副動詞+vúur-・þíl- ふつうの動詞だけで言うことが多い(na dulíþes ó.「下ろせやしない」)
挨拶 aurénde selvá!(→ 10.5.1) ké máines? ― máinim.「食べたか」「食べた」

10.2.6 森の言葉

森の氏族の言葉は、統一の後に都の言葉に押しのけられましたが、今も谷ごとに話されています。

森の言葉 都の言葉 意味
gandéra gandér 硬木
tambóro tambór 雑穀
slúuna slúun 千
lími lím 五
keréla kerél 谷

10.2.7 古高原語

古高原語は、碑文と詞に残る古い段階の高原語です。

10.3 縁の市の取引言葉

10.3.1 市という場

縁の市 kéndor orénos は、乾風期のあいだ、崖の麓の崖道の下の口に立つ市です。崖寄りの、地面が一段高い側に高原の店が、干潟寄りの低い側に干潟の店が並びます。ここで飛び交うのが、高原語と干潟語の混ざったくだけた取引言葉です。

市は「段に乗らない場」とされます。身分の段による話し方の区別(→ 第8章)がここでは働かないので、命令法と同じ形のむき出しの語幹を使っても、無礼とは受けとられません。ただし都の人の耳には、取引言葉は「半ば沈んだ言葉」に聞こえます。

10.3.2 文法の特徴

高原語から見ると、取引言葉には次のような特徴があります。

  1. 格語尾が落ちる:名詞は格変化させず、主格の形(辞書の見出しの形)で使います(plánan ではなく plána。plána の -a は主格の語尾ですが、取引言葉ではこれが唯一の形です)。
  2. 敬語が落ちる:尊敬・謙譲の接頭辞と補充形がほとんど使われません。
  3. 動詞はむき出しの語幹:動詞はいちばん短い形、つまり命令法2人称単数と同じ語幹のままで使います(lís!)。
  4. 人称語尾が落ちて固まった語:naþíl「わからん」(正しくは na þílim「私には分からない」)、nés「いや・ない」(na és- から)。
  5. ende を添える:願望法の語尾が固まった小辞 ende「どうぞ・頼む」を文の終わりに添えて、頼みの形にします(→ 10.3.3)。

むき出しの語幹が広まったのは、今の語末母音の脱落で、3人称単数の lísa が lís になり、命令形と同じ形になったことも一因です(→ 10.2.1)。

取引言葉の動詞のむき出しの語幹は、形は命令法の2人称単数と同じですが、働きは違います。人称・法・相を何も表さない、取引言葉の動詞の基本形です。この本の逐語訳では、もとの高原語の形に合わせて IMP.2SG と書きますが、取引言葉の文では「命令」の意味はもちません。

頼み以外の文。 取引言葉は、値段の交渉・品の確認・受け渡しの約束に使う接触の言葉です。人称語尾も格語尾もないので、次のように区別します。

取引言葉 意味
méir ném fáron só. 私がこの荷を渡す。
méir dóulin tás fáron só. お前はもうこの荷を渡した。
na méir unlóur ném fáron só. この荷は、まだ(私は)渡していない。
dórel, faronér él sáko. 明日、あの人が塩を運んでくる。

短い売買のやりとり。 崖道の商人(高原)と縁商人(干潟)の会話です。

話し手 取引言葉 意味
商人 pó prámbo, sáko só? この塩、値はいくらだ。
縁商人 dáu vandó. 分銅二つ。
商人 nés, ín vandó. ván, ende. いや、一つだ。量ってくれ。
縁商人 ván ném. ... ván dóulin ném. ín vandó. 量る。……もう量った。分銅一つだ。
商人 ín vandó. dórel, méir ném sáindar. 分銅一つだな。明日、証文を渡す。

ván fáron, ende

読み:ヴァーン ファーロン、エンデ

vánfáron,ende
量る<命令法><あなたが>荷<対格>どうぞ

「荷を量ってくれ、頼む。」

10.3.3 ende「どうぞ・頼む」

ende は、願望法の3人称単数・軽性の語尾 -énde が、独立した小辞として固まったものです。

10.3.4 同じ用件の言い分け

同じ「荷を量ってほしい」という用件が、市の取引言葉と都の改まった言葉では、次のように違う形で出てきます。

ván fáron, ende

読み:ヴァーン ファーロン、エンデ

vánfáron,ende
量る<命令法><あなたが>荷<対格>どうぞ

「荷を量ってくれ、頼む。」

aubandénde ausenár fáron

読み:アウバンデンデ アウセナール ファーロン

au-band-énd-eau-sen-árfáron
<お〜になる・御〜>-量る-<〜しますように>-<(軽いものが)><お〜になる・御〜>-見る-<〜する人・主格>荷<対格>

「目付殿に、荷をお量りいただきたく存じます。」

「この帳簿を見て」という頼みは、相手との段の差によって四通りに分かれます。縁の市の言い方はその四つめです。

場 形 例
下向き(相手が下) 命令法・2人称 sén plánan sé!
並び(同じ段) 願望法・2人称 senéndes plánan sé.「見てくれぬか」
上向き(相手が上) 願望法・3人称。相手は役職名+au-、動詞は補充形 luuménde ausenár plánan sé.
縁の市 むき出しの語幹+格語尾なし+ende sén plána, ende.

10.3.5 誰がどう話すか

市に集まる人々は、取引言葉との距離がそれぞれ違います。

人 話し方
市の目付(道の司の役人) 改まった都の言葉しか話さない。むき出しの語幹は決して使わず、干潟の人とは縁商人を通して話す。nés のような語も使わない
都の大商家の手代 都の言葉を崩さずに話そうとする。運び人には語幹で話し、目付の前ではすぐ願望法に切りかえる
崖道の商人 干潟語を少し話し、取引言葉にいちばん通じている
運び人 くだけた言葉で冗談を飛ばす。énd、seirénd のような縮まった形を使う
縁商人(干潟側) 両方の言葉を話し、高原の文字で帳簿をつける仲立ち役

話し方の揺れ。 段を測りかねる相手には、話し方が揺れます。話し手のほうが上だと思っているときは、下向きの命令法を言いかけて、並びの願望法2人称に言い直します。

sén, senéndes plánan sé.

読み:セーン、セネンデス プラーナン セー。

sén,sen-énd-esplán-ansé.
見る<命令法><あなたが>見る-<〜しますように>-<あなたが>帳簿-<対格>この<軽性>

「見ろ……いや、この帳簿を見てくれぬか。」

10.3.6 語彙と発音

10.3.7 市の決まり文句

表現 意味・使いどころ
ende(énd) どうぞ・頼む。頼みの文の終わりに添える
térin lísen 書いたとおりに。帳簿や証文の文面にたがわないことの念押し。分詞 lísen はこの句の中では一致の語尾をつけない
ombár ombár fréimai, ombár fréimai 十を十度、それを十度。千を干潟の千と取り違えないための言い換え(→ 10.4.3)
「印を押す」 取引の成立
an nébroi 霧の前に=期限までに。霧の中で結んだ約束は重んじられないので、精算はかならず霧の前に済ませる
dulfáron/上げ荷 下ろし荷(崖の下へ下ろす荷)と、上げ荷
「秤に問え」 言い争いをやめて、目付の秤で決めよう
pómbar prámbo? いくら? 改まって言えば pómbar éso prámbo fáronos só?「この荷の値はいかほどか」
áuren salván! 高すぎる! 値切りの決まり文句
póso これは何だ。pó éso só「これは何であるか」が縮んだ形。品物を手で示すことはあっても、指でさすことは避ける
naþíl わからん(na þílim から)
nés いや・だめだ・(品が)ない
seirénde(seirénd) しばしお待ちを。秤や帳簿を確かめるあいだに相手を待たせる

méir fáron térin lísen, ende.

読み:メール ファーロン テーリン リーセン、エンデ。

méirfárontérinlís-en,ende.
与える<命令法><あなたが>荷そのとおりに書く-<〜した・〜された>どうぞ

「書いたとおりに荷を渡してくれ、頼む。」

meirésa orenvandár gandér térin lísen sáindarei.

読み:メイレーサ オレンヴァンダール ガンデール テーリン リーセン サインダレイ。

meir-és-aorenvandárgandértérinlís-ensáindar-ei.
与える-<〜すべし>-<(軽いものが)>縁商人<主格>硬木<対格>そのとおりに書く-<〜した・〜された>証文-<与格>

「縁商人は、証文に書かれたとおりに硬木を渡すべし。」

10.4 書き言葉の文体

10.4.1 書き言葉の位置

王国では、法と裁きは文字で書かれたものが正しいとされます。口約束より書きつけが重く、商いの約束も帳簿と証文に残します。書き言葉には、話し言葉と違う次のような性質があります。

書き言葉の文は、用途によって決まった型をもっています。

種類 文の形
帳簿・荷札 動詞のない名詞句を定型の順に並べる
年代記 直説法の短い文を並べる
碑文・法典・証文の取り決め 当為法で書く
手紙 用件に季節の詩句を添える

10.4.2 帳簿と荷札

帳簿と荷札には動詞がありません。 名詞句を定型の順に並べるだけです。

荷札は、脂の木の薄板の木札に墨で書き、上から順に次の定型で書きます。

  1. 品名
  2. 等級
  3. 数(数字で書き、すぐ下に念押しの言い換えを添える)
  4. 送り主(家の名か座名。送り主が高い家なら、その名を上げ書きにする)
  5. 道の司の検めの印

帳簿は横書きで、一つの取引が一行になります。欄は次の順です。

日付(統一紀年・月の名・上中下の十日・日)|相手|品名|等級|数|念押し|対価|証人の印

slúun rólanar sóndelar, ombár ombár fréimai, ombár fréimai.

読み:スルーン ローラナル ソンデラル、オンバール オンバール フレーマイ、オンバール フレーマイ。

slúunrólan-arsóndel-ar,ombárombárfréim-ai,ombárfréim-ai.
千巻-<〜らの>書物-<〜らの>十十倍-<〜たちが>十倍-<〜たちが>

「書物千巻。十の十倍、そのまた十倍。」

10.4.3 数の念押し

帳簿や証文には、書き換えを防ぐために、数を書いたあとに念押しの言い換え freimvirá を添えます。

10.4.4 年代記

書の司が書き継ぐ王国の年代記は、直説法の短い文を並べて書きます。

10.4.5 碑文と法の文

碑文は当為法で書きます。主語を書かなければ一般の人が主語になり、「人は〜すべし」「何人も〜してはならない」の意味になります。このとき動詞は軽性の形をとります。禁止は mé+当為法です。

mé duliþésa fáron es orénos

読み:メー ドゥリセーサ ファーロン エス オレーノス

médul-iþ-és-afáronesorén-os
<禁止・願いの打ち消し>下る-<〜させる>-<〜すべし>-<(軽いものが)>荷<対格>から縁-<属格>

「縁から荷を落とさぬこと。」

mé þraunésa póin es orénos.

読み:メー スラウネーサ ポイン エス オレーノス。

méþraun-és-apóinesorén-os.
<禁止・願いの打ち消し>投げる-<〜すべし>-<(軽いものが)>何か<対格>から崖の際-<属格>

「崖の際から何も投げ落とさぬこと。」

法典の条文には、次の書き方の決まりがあります。

10.4.6 手紙

10.4.7 書き言葉の句読

10.5 よく使う定型表現

10.5.1 挨拶

aurénde selvá!「ごきげんよう」。 改まった場で、会ったときにも別れるときにも使う挨拶です。字義は「(あなたの)息が昇りますように」で、願望法の文です。言われた側は、動詞を省いて前置詞句だけで an ilánais「星々へ」と返すのが作法です。

aurénde selvá! an ilánais.

読み:アウレンデ セルヴァー!アン イラーナイス。

aur-énd-eselvá!anilán-ais.
昇る-<〜しますように>-<(軽いものが)>息<主格>上手灯-<〜たちを>

「「ごきげんよう(あなたの息が昇りますように)。」「星々へ。」」

ké máines? ― máinim.「食べたか」「食べた」。 森や崖道のくだけた挨拶です。問いの小辞 ké と、mán-「食べる」の完了の語根 máin- を使います。答えるときは動詞を自分の人称に変えて繰り返します(→ 第6章)。

別れと帰り。

表現 意味 使いどころ
dulénde(fláinin) 道中ご無事で(軽く下りますように) 崖道を下りていく人や、縁の市へ発つ人に。崖から落ちる死をもっとも恐れる文化なので、「重く(落ちて)ではなく、軽く(歩いて)下りよ」という願いがこもる。上へ向かう人にはかわりに aurénde を使う
hoinénde おかえり 戻ってきた者に。長い勤めからの帰還や、目上を含む炉への帰還で使う。初めて来た者には使わない
houmselvá ただいま(字義「炉の息」) 家へ戻った者が、戸口から炉の前へ進み、炉の座に手を寄せて言う

詩の挨拶。 改まった場で人に会ったときは、季節を詠んだ短い詩句を交わします。このやりとりを alvelóim と言います。目下の者が先に詠み、目上の者が返します。返しの句がうまく続くと、その出会いは吉とされます。そのときは、返した人を主語にして、glén-「返す」の完了の語根 gléen- で「見事に返し終えた」と言います(augléena aurél gléinin「あの方は清くお返しになった」)。日本語の「よく返された」の「された」は尊敬の意味で、受け身ではありません。完了の動詞は受け身を作らないからです(→ 第5章)。目下の者は、次の前置きで詠みはじめます。

léunim dáu viríñau.

読み:レウニン ダウ ヴィリーニャウ。

léun-imdáuvir-íñ-au.
申す-<私が>二言葉-<小さな・拙い>-<双数>

「拙い句を二つ、申し上げます。」

祝福の決まり文句は3人称で言います。 aurénde、dulénde、seirénde、hoinénde は、目の前の相手に向けた言葉ですが、2人称の -es ではなく3人称の -e をとります。相手を「あなた」と直接指さないことで敬意を込める言い方です。決まり文句でない、同じ身分の相手へのふだんの頼みごとでは2人称を使います(seiréndes「待ってくれぬか」、hoinéndes「帰ってくれよ」)。

10.5.2 応答と礼

はい・いいえの問いへの基本の肯定の答えは、問いの動詞の繰り返しです(→ 第6章)。問いに「はい」と答える一語はありません。そのほかに、相手の言ったことへの同意を示す vérin や、言いつけの承諾を示す dómim のような応答の定型があります。

表現 意味 使いどころ
dómim 承りました・はい、ここに(字義「控えております」) 目上の人に用を言いつけられたり、話しかけられたりしたときの、へりくだった応答。役所、宮廷、大商家の手代などが日常的に使う
vérin そのとおり・まことに 並び・上向きの話し方で使える丁寧な同意。内容が正しいと請け合う響きがある
snéimim 失礼します(字義「身をかがめます」) 目上の人の前に進み出るとき、座に入るとき、話に割りこむとき、人の前を通るとき。実際に頭を下げながら言う
na. いいえ・違う 問いへのそっけない答えや言い返し。目上の人には使わない
nés いや・ない 市の取引言葉や、森の民どうしのくだけた言葉
naþíl わからん 市の取引言葉と崖道の言葉

hóu, faronár! dómim, drénim selúin.

読み:ホー、ファロナール!ドーミン、ドレーニン セルーイン。

hóu,faronár!dómim,drén-imselúin.
おーい運び人はっ参る-<私が>今

「「おい、運び人!」「はっ、ただいま参ります。」」

10.5.3 問いと名乗り

下向きの話し方では、疑問詞と2人称を使って、相手の素性をじかに尋ねます。

pá éses? es pós tóres?

読み:パー エーセス?エス ポース トーレス?

páés-es?espóstór-es?
誰<主格>いる-<あなたが>から何<属格>来る-<あなたが>

「お前は誰だ。どこから来た?(なぜ来た?)」

pán þéles? þélim sélvanan.

読み:パーン セーレス?セーリン セルヴァナン。

pánþél-es?þél-imsélvan-an.
誰<対格>名乗る-<あなたが>名乗る-<私が>セルヴァン-<対格>

「「何と名乗る?」「セルヴァンと名乗る。」」

10.5.4 呼びかけ

hoinéndes an dún, séulin.

読み:ホイネンデス アン ドゥーン、セウリン。

hoin-énd-esandún,séulin.
帰る-<〜しますように>-<あなたが>上手丘<対格>友

「丘の上へ帰ってくれよ、友よ。」

té, séir! na sénim nóumo táses.

読み:テー、セール!ナ セーニン ノーモ ターセス。

té,séir!nasén-imnóumotás-es.
そこの方待つ<命令法><あなたが><〜ない>見る-<私が>顔<対格><あなた>-<属格>

「そこの方、待て!顔が見えない。」

10.5.5 一覧

表現 構造 意味・使いどころ
aurénde selvá! ― an ilánais. 願望法3人称/返しは前置詞句だけ ごきげんよう。会ったときと別れるときの改まった挨拶
ké máines? ― máinim. 問いの小辞+完了相 「食べたか」「食べた」。森や崖道のくだけた挨拶
dulénde fláinin 願望法3人称+fláinin「軽く」 道中ご無事で。下っていく人に
hoinénde / houmselvá 願望法3人称/複合名詞 おかえり/ただいま
léunim dáu viríñau. 謙譲の補充形+指小・双数 詩の挨拶の前置き「拙い句を二つ」
pá éses? / pán þéles? 疑問詞の前置、2人称 「お前は誰だ」「何と名乗る」。下向きの問い
duþélim 〜an 謙譲+名前の対格 改まった名乗り
dómim dóm-「控える」の1人称単数 承りました。目上の人への応答
snéimim 謙譲の定型句 失礼します
vérin 副詞 まことに。丁寧な同意
seirénde 願望法3人称 しばしお待ちを
té! 指示詞(強勢あり)だけで言う そこの方。霧の中で名前を呼ばずに呼びかける
ende 固まった願望形 縁の市の「どうぞ・頼む」
an nébroi an+与格 霧の前に=期限までに
aursáre / dáloro 固まった呼格 ああ、ご先祖よ/ちくしょう

10.6 空間と時の言い方

10.6.1 絶対方位

方向は、話し手の体の向きではなく、絶対方位で言います。縦に積み重なった国の地理から、南北の軸が「上手・下手」として中心にあり、東西は日の出・日の入りで表します。

前置詞 方位 語源
an 上手=北 —
du 下手=南 dul-「下る」、謙譲の du- と同じ源
or 日の出側=東 órun「日の出」
vel 日の入り側=西 vélun「日の入り」

10.6.2 an は北か、高い方か

高原はふつう北ほど高いので、北と高い方は重なります。ずれるのは、北へ下る斜面のような場所です。

dúlim an dún.

読み:ドゥーリン アン ドゥーン。

dúl-imandún.
下る-<私が>上手丘<対格>

「私は丘の北側へ下る。」

10.6.3 「どこへ」

「どこへ」は、かならず方向を決めて尋ねます。方向の前置詞をつけて、an pó「上手のどこへ」、du pó「下手のどこへ」、or pó「日の出側のどこへ」、vel pó「日の入り側のどこへ」と言います。

du pó fleiréla ausenár?

読み:ドゥ ポー フレイレーラ アウセナール?

dupófleir-él-aau-sen-ár?
下手何<対格>お出ましになる-<〜だろう>-<(軽いものが)><お〜になる・御〜>-見る-<〜する人・主格>

「目付殿は、下手のどちらへお出ましになるのでしょうか。」

10.6.4 左右

地形や道案内は絶対方位で言いますが、体・家の中・宮廷の並び・書き物の上では、左右を使います。

ésa endríña ormároi némes.

読み:エーサ エンドリーニャ オルマーロイ ネーメス。

és-aendríñaormár-oiném-es.
いる-<(軽いものが)>子ども<主格>左-<与格><私>-<属格>

「子どもは私の左にいる。」

10.6.5 星の位置

星を指さしたり、ふだんの数詞で数えたりしてはいけません。星を示すときは、手のひらを上に向けて目の高さより上へ差し上げ(lamér-)、言葉では、よく知られた星や月との位置関係を方向語で言います。

10.6.6 「中」の世界

世界は上(天 élvar)・中・下(dálor)の三層とされ、生きている人の住む世界は「中」と呼ばれます。場所も持ち主も言わない存在文には、un méndalei「中の世界に(この世に)」を添えます。場所の言葉がないと、éso fáron gróm. は「荷は重い」としか読めないからです。

éso fáron gróm un méndalei.

読み:エーソ ファーロン グローン ウン メンダレイ。

és-ofárongrómunméndal-ei.
いる-<(重いものが)>荷<主格>重い内に中-<与格>

「重い荷がある(この世にある)。」

くだけた言葉では séndoi「ここに」で代えます。

10.6.7 時は川

高原語では、時間は源から流れ下る川です。早いほうが上手、遅いほうが下手になります。

形 字義 時の意味 例
an+与格 〜の上手で 〜の前に an nébroi「霧の前に」
du+与格 〜の下手で 〜の後に du nébroi「霧のあとに」
an+属格 〜の上手から 〜以来 an nébros「霧の季節が来て以来」
du+対格 〜の下手へ 〜まで du nébro「霧の季節まで」

an nébros, na tóra orenvandár.

読み:アン ネーブロス、ナ トーラ オレンヴァンダール。

annébr-os,natór-aorenvandár.
上手霧-<属格><〜ない>来る-<(軽いものが)>縁商人<主格>

「霧の季節が来て以来、縁商人は来ない。」

ésim séndoi du nébro.

読み:エーシン センドイ ドゥ ネーブロ。

és-imsénd-oidunébro.
いる-<私が>ここ-<与格>下手霧<対格>

「私は霧の季節までここにいる。」

anórel, léisa lisár plánan.

読み:アノーレル、レーサ リサール プラーナン。

anórel,léis-alis-árplán-an.
昨日書く<〜し終えた>-<(軽いものが)>書く-<〜する人・主格>帳簿-<対格>

「昨日、書記は帳簿を書き終えた。」

gélim du nébro.

読み:ゲーリン ドゥ ネーブロ。

gél-imdunébro.
行く-<私が>下手霧<対格>

「私は下手の霧の中へ行く。」

du nébro, ráumimor du orén.

読み:ドゥ ネーブロ、ラウミモル ドゥ オレーン。

dunébro,ráum-imorduorén.
下手霧<対格>歩く-<我々が>下手縁<対格>

「霧の季節まで、我々は縁へ歩いて通う。」

10.6.8 前置詞の後ろの双数

双数の属格と与格は同じ形(-aun・-oun)なので、前置詞の後ろでは「〜で」か「〜から」かが決まりません。そこで an・du・or・vel・un・sal の後ろでは、都の言葉でも双数のかわりに複数の形を使います。es「〜から」は属格としか組まないので紛れず、双数のままでかまいません。

éso nébro an sílarail.

読み:エーソ ネーブロ アン シーラライル。

és-onébroansílar-ail.
いる-<(重いものが)>霧<主格>上手月-<〜らに>

「二つの月の上手(北側)に霧がある。」

tóra éndra es sílaraun.

読み:トーラ エンドラ エス シーララウン。

tór-aéndraessílar-aun.
来る-<(軽いものが)>人<主格>から月-<双数の〜の・〜に>

「人が二つの月のほうから来る。」

10.6.9 「もう」と「まだ」

「もう」と「まだ」も川の見方で言います。どちらも動詞のすぐ後ろ、主語の前に置きます。

形 意味 例
肯定+unlóur まだ〜している éso unlóur nébro an orénoi.「縁の上手には、まだ霧がある」
否定+完了+unlóur まだ〜し終えていない na léisim unlóur sáindaran.「まだ証文を書き終えていない」
肯定+完了+dóulin もう〜し終えた léisa dóulin lisár plánan.「書記はもう帳簿を書き終えた」
否定+dóulin もう〜しない na gélim dóulin du orén.「私はもう縁へは行かない」

na tóra unlóur senár.

読み:ナ トーラ ウンロール セナール。

natór-aunlóursen-ár.
<〜ない>来る-<(軽いものが)>まだ見る-<〜する人・主格>

「目付はまだ来ない。」

léisa dóulin lisár plánan.

読み:レーサ ドーリン リサール プラーナン。

léis-adóulinlis-árplán-an.
書く<〜し終えた>-<(軽いものが)>もう書く-<〜する人・主格>帳簿-<対格>

「書記はもう帳簿を書き終えた。」

10.6.10 an ilánais と an ilánail

違いは語末の一音だけです。

挨拶の返しを an ilánail と言い間違えると、「私はもう星々のもとにいる」と聞こえて笑われます。軽性の複数では語尾の s が対格(-ais)、重性の複数では s が与格(-uls)なので、学習者がとくに取り違えやすい対です。

10.6.11 暦と時の単位

10.7 親族名称と名前

10.7.1 親族名称の組み立て

高原では、家系を川の流れ ráun にたとえます。氏族の始祖は北の高みにある「源」fóndar で、子孫は世代ごとに一つずつ下へ流れていきます。世代は「瀬」lóur で数えます。親族の呼び名は、次の三つを組み合わせて作ります。

  1. 世代の上下:何瀬上か、何瀬下か
  2. 同じ世代での年の上下:年上か年下か
  3. 同じ流れか、別の流れか:同じ家系の親族か、結婚によってつながった親族か
語 字義・組み立て 意味
anlóur an「上手」+lóur「瀬」 親。同じ流れの、上の世代の血族(親のきょうだいで同じ流れの者も含む)
dulóur du「下手」+lóur 子。同じ流れの、下の世代の血族(きょうだいの子で同じ流れの者も含む)
brél 「同じ水」 きょうだい。同じ流れの同じ瀬の親族(同じ流れのいとこも含む)。上下を言わない総称
ambrél an+brél 兄・姉。同じ流れの同じ瀬で、自分より年上の者
dubrél du+brél 弟・妹。同じ流れの同じ瀬で、自分より年下の者
andaulóur an+dáu「二」+lóur 祖父母(二瀬上)
andaulóura andaulóur+古い女性の -a(軽性・a語幹) 祖母。女性の -a は親族名称のごく一部にだけ残る古い形で、新しい語は作らない(→ 9.1)
brál — 父
véiran 「結ばれた者」 配偶者(夫・妻)。双数 véiranau で夫婦
éul 「よその水」 親族名称の後ろに添えて「別の流れの」
louréndra lóur+éndra「人」 家族・身内
aursár 「昇りきった者」 祖先(亡くなって天にいる人)。生きている年上の親族 anlóur とは区別する
lourvirár 「瀬を言う人」 系譜読み
endríña 「小さな人」 子ども・未成年の者(親族関係を問わない)
ólmar — 年長者・長老

10.7.2 何瀬上・何瀬下

二瀬以上離れた親族は、anlóur・dulóur に道のりの対格を添えて言います。

dáu「二」の後ろの名詞はふつう双数ですが(→ 3.7.2)、瀬や段の道のりを言うこの言い方では、二でも複数の lóurul を使います。瀬は一つずつ続いていく道のりで、「そろったひと組」ではないからです(→ 3.7.7)。一瀬なら単数で dulóur ín lóur とは言わず、ただ dulóur「子」と言います。

祖父母には複合語 andaulóur もあります。数詞 dáu は複合語の中で強勢を失います。

別の流れの親族は éul を後ろに添えます。

何もつけない親族名称は、同じ流れの者を指します。子は両親のうち段の高いほうの流れに入るので、もう一方の側の祖父母は別の流れの人になることが多いです。配偶者は定義上「別の流れ」の者なので、véiran には éul を添えません。

そのほかの言い分け。

10.7.3 親族と敬意

10.7.4 名前の種類

高原の人は、一生のうちに何度か名前を変えます。名前 þelá は息の形そのものとされ、軽性で、上へ昇るものに数えられます。

名前 高原語 つけられる時・使い方
幼名 þelíña 生まれたときに家でつける。家族とごく親しい者しか使わない。名の語根に指小の -íña をつけた形が多い(silíña)
成名 — 成人の儀(十五歳ごろ)でつける、おとなの名
流名(家名) — 属している家系の源の名。改まった場では成名に添えて名乗る
官名・座名 aldarvirá(敬称・座名。aldár「座」+virá「言葉」) 役職や宮廷での位につく名。改まった場ではこれで呼ぶ
昇名 aurþelá 亡くなって一年が過ぎたあと、系譜に書き入れるときにつける名

10.7.5 名と家名

日常で人を言い表すのは、名(成名)と家名(流名)の二つです。

tóra sélvan ráimaros es dáloros.

読み:トーラ セルヴァン ライマロス エス ダーロロス。

tór-asélvanráimar-osesdálor-os.
来る-<(軽いものが)>セルヴァン<主格>ライマル-<属格>から下の国-<属格>

「ライマル家のセルヴァンが下の国から来た。」

10.7.6 改まった名乗り

改まった場では、名を対格にして謙譲の duþél-「名乗らせていただく」で受け、家名・源からの瀬の数・身分の段を一息に添えます。世代を言うときは、かならず an fóndaros 〜「〜の源から」を前に置くのが改まった言い方です。長いほど誇らしい名乗りとされます。

duþélim sélvanan, an fóndaros ráimaros dúlenan dáumbar téir lóurul, dúlenan fáir þrénul

読み:ドゥセーリン セルヴァナン、アン フォンダロス ライマロス ドゥーレナン ダウンバル テール ロールル、ドゥーレナン ファイル スレーヌル

du-þél-imsélvan-an,anfóndar-osráimar-osdúl-en-andáumbartéirlóur-ul,dúl-en-anfáirþrén-ul
<〜させていただく>-名乗る-<私が>セルヴァン-<対格>上手源-<属格>ライマル-<属格>下る-<〜した・〜された>-<軽性・対格>二十三瀬-<〜たちを>下る-<〜した・〜された>-<軽性・対格>四段-<〜たちを>

「ライマルの源から二十三瀬下りた、四段下りの者、セルヴァンと名乗らせていただきます。」

10.7.7 名の禁忌と言い換え

名前は息の形なので、次の名前は口にしません。

口にしない名前 言い換え
目上の人の個人名 役職・座名・住んでいる場所(「丘の上の館の方」など)
王の名 「高き座」aldár áuren。王は自分を aldár sé「この座」と3人称で言う
死後一年の人の名 élaur「昇りゆく人」。一年が過ぎたら昇名に高める語形を添える
霧の中で呼ぶ名 té「そこの方」などの指示の言い方

wéinsa ólmar ilánan.

読み:ウェーンサ オルマル イラーナン。

wéins-aólmarilán-an.
なる<〜し終えた>-<(軽いものが)>年長者<主格>灯-<対格>

「年長の方は星になった。」

mé vír sélvanan nébroi!

読み:メー ヴィール セルヴァナン ネーブロイ!

mévírsélvan-annébr-oi!
<禁止・願いの打ち消し>言う<命令法><あなたが>セルヴァン-<対格>霧-<与格>

「霧の中で、セルヴァンの名を呼ぶな。」

10.8 詩の語順と韻律

宮廷には詩の伝統があり、身分の高い人は日常でも詩句を引いて話します。どの詩句をうまく引けるかで、教養の深さが測られます。

10.8.1 詩の語順

詩では語順がかなり自由になります。主語が動詞の前に出たり、動詞が落ちたりします。

du dálor gandér, sílarau áurau.

読み:ドゥ ダーロル ガンデール、シーララウ アウラウ。

dudálorgandér,sílar-auáur-au.
下手下の国<対格>硬木<主格>月-<双数>昇る-<双数>

「硬木は下の国へ、二つの月は昇る。」

10.8.2 音節の重さ

詩の韻律は、強勢と音節の重さで組み立てます。

強勢は高さではなく強さによるものです。強勢は韻律の土台です(→ 第1章)。

10.8.3 十拍の句

宮廷の詩の定型は十拍の句です。「十」は両手の指がすべてそろった数で、「そろった」「欠けのない」という意味も帯びます。この感覚が、句の長さの規範になっています。

ここでいう一拍は、一音節です。 長母音・二重母音を含む音節も、子音で終わる音節も、一拍と数えます。日本語の拍(モーラ)とは数え方が違います(sílarau は sí-la-rau の三拍、áurau は áu-rau の二拍)。

10.8.1 の例は、ちょうど十拍の句です。

du-dá-lor-gan-dér / sí-la-rau-áu-rau

宮廷の詩の決まり。 守らなければ詩にならない決まりは、次の二つだけです。

  1. 一句は十音節です。
  2. 五音節目の後ろに切れ目を置き、そこは語の境目でなければなりません(上の例の /)。

強勢の置き方と音節の重さには、決まりはありません。どちらも、句の出来栄えを評価するための美の慣わしです。

詩の定型と、儀礼の唱え。 十音節と五音節目の切れ目の決まりは、宮廷の詩の定型のものです。名乗りと系譜の唱えは、この定型を基礎にしますが、固有名や数を含み、人によって長さが変わるので、十拍より短い句も認めます。

10.7.6 の名乗りは、たとえば次の三句で唱えます(数字は音節の数)。

句 音節 拍
1 du-þé-lim sél-va-nan, an fón-da-ros 10
2 rái-ma-ros dú-le-nan dáum-bar téir 9
3 lóu-rul, dú-le-nan fáir þré-nul 8

二つめと三つめは十拍より短い句です。句の終わりを長く引いて唱えるのは、名乗りの聞かせどころでもあり、とくに最後の句の段の数は、ゆっくり引いて唱えます。

10.8.4 押韻・頭韻・脚韻

高原の詩は、担い手によって作り方が違います。どの詩を作るか、どの詩をほめるかで、その人の出自がわかります。

担い手 重んじるもの 主な詩
宮廷・都 韻律(十拍の句、音節の重さ、強勢の並び) 詩の挨拶、手紙の詩句、年代記と碑文の詞、手習いの詩
森の氏族・森の巫 頭韻(同じ子音で始まる語を並べる) 硬木を伐るときの詞、葬送の詞、古高原語の碑文
縁の肩・崖道 脚韻(行の終わりの音をそろえる) 運び人の荷担ぎ歌、縁の市の囃し言葉、子守唄

10.8.5 対句

宮廷の詩では、押韻のかわりに、軽いものと重いもの、上と下を一句ずつ向かい合わせる対句が好まれます。

10.8.6 詩の言い回し

10.8.7 詩と言葉の教育

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