小説
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話に流される
会話の流れに乗って、瀬を何つも下りていくほど話に没入する。主語は人(軽性)で、流された側である。
dulráinim dóulin téir lóurul sórel
読み:ドゥルライニン ドーリン テール ロールル ソーレル
| dulráin-im | dóulin | téir | lóur-ul | sórel |
| 話に流される<〜し終えた>-<私が> | もう | 三 | 瀬-<〜たちを> | 今日 |
「今日はもう三瀬も話に流されてしまった。」
肯定の「もう」dóulin と組むため、完了相の語幹 dulráin- を用いる。主語は動詞語尾だけで示す。相の副詞 dóulin が動詞の直後に立ち、流れに取り残された感を添える。時語 sórel は文末に置く。
流される(比喩)
話に限らず、歌の語りや星読みの暦の解説など、長い語りに乗って時間が流れていくさまにも使う。
dulráuna éndra lundéi
読み:ドゥルラウナ エンドラ ルンデー
| dulráun-a | éndra | lund-éi |
| 流される-<(軽いものが)> | 人<主格> | 歌-<与格> |
「人は歌の流れに身を預ける。」
祭や夜の語り物で、長い歌に聞き手が乗せられる場面を示す比喩用法。主語 éndra は総称として単数扱いする。lundéi は与格で、流れる媒体としての歌を示す。
会話の流れに乗って、源から瀬を一つずつ下りていく感覚を表す自動詞。高原では時間は源から下る川であり、話に流されることは、その川に身を任せて下流へ運ばれることである。井戸の脇や炉ばたで、桶を洗ったり粉を挽いたりしながら、話の流れに身を任せ、気がつくと日が沈んでいる。dul-「下る」の方向性と raun「流れ」の受動性が重なり、話に「引きずられる」より「乗っている」感覚が強い。話の内容を追っているのではなく、流れそのものに身を預けている、という受身さが特徴。くだけた言葉では、瀬の数を添えて「三瀬流された」(三瀬分だけ話に流された、=三十分ほど没入した)と言う。
自動詞。軽性で受ける。完了相は語根の母音 a → ai となり dulráin- 型。
dúl-「下る」+raun「流れ・川」。時間の見方(源から瀬を一つずつ下る川)と、話の流れの受動性が重なる複合語。
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