小説
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冬の朝は、音が硬い。
霜を踏む音。井戸の釣瓶が氷の膜を割る音。白糸川の滝の、凍りかけた水がつららの間を落ちていく、細く高い音。どれも、乾いた冷たい空気の中で、遠くまでくっきりと届いた。
山猫の谷の人たちは、帰らなかった。
シラノは、倉の炉に泊まったまま、毎日、白糸川沿いの道を行ったり来たりしていた。橇の通れる幅を測り、凍った斜面に足をかけ、倒木を斧で払った。丸太を谷から町まで下ろせるかどうか、自分の足で確かめているのだ。トカリーニャは、シラノの後ろを、裸足で、音もなくついて歩いていた。
僕は毎日、崖の縁に通った。
知りたいことは、一つだった。
崖の途中の棚は、それぞれ、縁から何腕下にあるのか。
そこまで、綱は何本要るのか。
◆
最初に思いついたのは、石だった。
崖の縁から石を落として、底に着くまでの時を数える。落ちる時間がわかれば、高さは計算できる。中学の理科で習った式が、頭の中にすぐに浮かんだ。
僕は足もとの石を一つ拾って、縁から身を乗り出した。
手首を、つかまれた。
ヒルヴァンだった。いつの間にか、後ろに立っていた。顔が、これまで見たことのないくらい険しかった。
「mé duliþésa fáron es orénos.」
ドゥランドの降ろし場の入り口に立っている、灰色の碑の言葉だった。帳場に通う道で何度も前を通ったのに、ちゃんと読んだことはなかった。秤と分銅の決まりらしい行が並ぶ下に、この一行があったのだけは覚えている。
「món silóur.」
ヒルヴァンは、僕の手から石を取り上げて、足もとに置いた。
崖の下には、ダーロルがある。泥の原に、人が住んでいる。縁商人の市が立つ。上から落ちてきた石が、誰かの頭に当たらないとは限らない。
でも、ヒルヴァンの顔は、危ないからというだけの顔ではなかった。指先と手のひらに塩をつけるときの、町の人たちの顔に似ていた。理由は、わからない。ただ、ここでは、してはいけないことなのだ。
それに、と僕は手のひらの冷たさを感じながら考えた。
もし千メートル近い崖なら、石が落ちるのに十四秒くらいかかる。底に当たった音が上まで上がってくるのに、さらに三秒。風の中では、石は思ったとおりには落ちない。音は、滝の音に消される。どのみち、まともな数にはならなかった。
僕は、ヒルヴァンに頭を下げた。
ヒルヴァンは、何も言わずに縁を離れた。少し行ってから、振り返らずに言った。
「tór.」
◆
ヒルヴァンが連れていったのは、町の綱場だった。
崖の縁に突き出した太い腕木と、その根もとの巻き胴。一年前、僕はこの綱で引き上げられた。巻き胴には、太い綱がぐるぐると巻きつけてある。凍った撚りの表面が、朝日を受けて白く光っていた。
僕は、綱を指さして聞いた。
「pómbar éso fúnel só?」
「téir fúnelul.」
三つの綱。綱が、三本。
僕は首をかしげた。巻き胴に巻いてあるのは、どう見ても一本の綱だ。
ヒルヴァンは、面倒くさそうに鼻を鳴らした。それから、両腕を左右にいっぱいに広げてみせた。指先から指先まで。
「ín daumár.」
それから、腕を広げたまま、横に一歩ずつずれていった。一つ、二つ、と十まで数えた。
「ín fúnel, ombár daumárul.」
綱は、綱であると同時に、長さの名前でもあるのだ。十腕で、一綱。綱場の綱の、一継ぎの長さ。
それから、daumár。両腕を広げた長さ。
僕は、自分の両腕を広げてみた。
そして、気がついた。
小学校の二年生のとき、自分の名前の由来を調べてくる宿題があった。尋。母さんは辞書を引いて、教えてくれた。尋は、両手を左右に広げた長さのこと。昔の日本の、長さの単位。海の深さや、綱の長さを測るのに使った。
——広い心で、人と人とをつなぐ綱みたいな人になってほしくて。
母さんは、たしかそう言った。小学生の僕には、ピンと来なかった。
崖の縁の、綱場の前で、僕は両腕を広げたまま立っていた。
「víra þelá némes daumár, un viréi némes.」
ヒルヴァンは、僕の顔をじっと見た。それから、近づいてきて、僕の広げた右手の指先に、自分の左手の指先を合わせた。もう片方の手で、僕の左手の先までの長さを、自分の腕と比べた。
「na ésa híro ín daumár. réum márul, nél ómbul.」
それから、ほんの少しだけ、口の端を上げた。
ヒルヴァンが笑うのを見たのは、初めてかもしれなかった。
◆
綱場の綱は、三綱。三十腕。
その綱で、一つ目の氷の棚まで、荷を下ろしていた。一年前、僕を引き上げたのも、この綱だ。綱は氷の棚に届いて、少し余る。だから、氷の棚は、縁から三十腕より少し浅いところにある。
二つ目の krambóra は、ヒルヴァンが知っていた。若いころ、何かの獣を追って、縄を伝って下りたことがあるのだという。
「es téndos, sóur fúnelul dúror.」
氷の棚から、六綱。六十腕ほど。縁からなら、九十腕くらい。
krambóra は、ヒルヴァンの話では、その獣がやっと四つ足をそろえて立てるくらいの、細い岩の筋だという。人が膝をついて休むのがやっとで、巻き胴を据えるような幅はない。
でも、その下は、誰も知らない。
三つ目の sirnóra。崩れた四つ目と五つ目の棚の跡。それから崖のすそ。何百年も前に道が崩れてから、誰も下りていない。上からは、見えもしない。崖は氷の棚のすぐ下で内側へえぐれていて、縁から腹ばいになってのぞいても、その先は影の中だ。
真上からは、見えない。
でも、横からなら。
◆
白糸川は、北から流れてきて、町の日の入りの側で、崖の縁に細長い切れ込みを刻んでいた。何千年もかけて、滝が崖を削ったのだろう。切れ込みの奥で、細い一本の滝が落ちている。旧道の棚は、その切れ込みの、東側の壁に沿って並んでいた。
だったら、切れ込みの向こう側、西の縁に立てば、東の壁を横から見下ろせる。
ヒルヴァンと二人で、凍った白糸川の上流を渡って、西の縁へ回りこんだ。
西の縁は、町の側よりも荒れていた。石の原に、ねじくれた低い松がしがみつくように生えていて、そのうちの何本かは、幹を崖の外の空へ大きく突き出していた。縁に立つと、切れ込みの底から冷たい風が吹き上げてきて、頬を叩いた。
向こうの壁が、見えた。
灰色の岩の壁に、白い筋が何本も走っていた。凍った滝のしぶきの跡だ。その壁に、ところどころ、棚が張り出していた。一つ目。二つ目。ずっと下に、三つ目。さらに下、壁がぎざぎざに欠けた跡が二つ。崩れた棚だ。そこから先は、のっぺりとした壁が、霞んだ崖のすそまで、まっすぐに落ちていた。
見える。全部、見える。
あとは、測るだけだ。
◆
測るには、まず、向こうの壁までの横の距離がいる。
切れ込みは渡れない。縄を張ることもできない。でも、崖の上の石の原なら、いくらでも歩ける。
僕はヒルヴァンに頼んで、綱場の古い縄を一本もらってきていた。それに、ちょうど一腕おきに結び目を十二作ってもらい、両端を結んで輪にした。結び目と結び目のあいだが、一腕ずつの、十二の区間になる。長さを測るときは、これを伸ばして、結び目を数えればいい。ヒルヴァンの指は、凍えていても速かった。結び目は、どれもきっちり同じ大きさだった。
その輪の縄を、地面に三角形に張った。三つ、四つ、五つの区間で、三つの辺を作る。
三角形の、三と四の辺のあいだに、ぴたりと直角ができる。
ヒルヴァンは、張られた縄を見下ろして、ふん、と鼻を鳴らした。
「sérin kúnda ólmar te bróla bóralul.」
家を作る爺さんも、こうする。ヒルヴァンは足で地面に四角を描いて、その角を指さした。家の土台の角を出すときに、同じことをするらしい。
この世界にも、もうあったのだ。
でも、悔しくはなかった。むしろ、うれしかった。同じことを知っている人が、ここにもいる。
◆
向こうの縁の、ちょうど棚の並ぶ壁の真上に、松が一本立っていた。あれを目印にする。
僕は、こちらの縁の、その松の真正面に立った。そこから、縄で出した直角の向きに、縁に沿って四十腕歩いて、杭を打った。さらに八腕歩いて、もう一本。そこで縄でもう一度直角を出して、縁から離れるほうへ歩いた。
杭を一本ずつ見通しながら、あの松と、四十腕のところの杭とが、ぴたりと一つに重なって見える場所を探す。
これが、うまくいかなかった。
僕の目では、杭と松が重なったと思っても、一歩動くと、もうずれている。ヒルヴァンがやっても、同じだった。
そのとき、後ろで声がした。
「séndo.」
トカリーニャだった。
いつからいたのか、わからなかった。頭巾の耳を風になびかせて、石の原の上に立っていた。裸足の足は、霜の上で、真っ赤だった。シラノのところから、勝手についてきたらしい。
トカリーニャは、僕が探していた場所から、半歩横にずれたところに立って、片目をつぶっていた。それから、もう一度言った。
「sán ín.」
僕はトカリーニャの横に立って、片目をつぶった。
杭と、松が、一つになっていた。
そこに、最後の杭を打った。そこまでの長さを、結び目の縄で測った。二十腕。
小さな三角形と、大きな三角形。形が同じだから、辺の長さの割合も同じになる。
八腕に対して、二十腕。四十腕に対して、向こうの松まで。
四十かける二十、割る八。
「sénþar daumárur.」
ヒルヴァンが、切れ込みの向こうの松を見た。
「ín halá.」
halá は知らない言葉だった。ヒルヴァンは、両手を口に当てて、腹の底から叫んだ。
「hóu!」
声が、切れ込みを渡っていった。向こうの壁に当たって、少し遅れて、返ってきた。
hóu。
一呼び。声を上げて、返ってくるまでの距離。そういう長さの名前らしかった。昔の人は、本当にこうやって測ったのかもしれない。
◆
次の日、町の木工の老人のところへ行った。
雨季の終わりに、僕の木の塊を見て首を振った、あの老人だ。眉毛の長い、腰の曲がった。老人は、僕の顔を覚えていた。今度は、何を彫れと言うのか、という顔をした。
僕は、灰の上に絵を描いた。
まっすぐな腕木を一本。長さは、ちょうど一腕。目盛りを手と指で刻む。その先に、もう一本、竿を直角に下げる。竿にも、指の目盛り。竿の先には、糸と錘をつけて、竿がいつもまっすぐ下を向くようにする。
老人は、絵を長いあいだ見ていた。それから、眉毛の下の目を細めて、灰の上の竿を指で叩いた。
「rimblóna.」
rimb は、数える。lóna は、柱の木。数える柱。
老人は、竿の先の錘を指さした。
「dulmón.」
下りる、石。
それから老人は、自分の肩をつまんで、上着を何枚も重ねるような手つきをした。ウェレルが、役人のことを話すときにした手つきだ。そのあと片腕を目の高さにまっすぐ伸ばして、片目をつぶり、腕の先の遠くを、じっと見るまねをした。最後に、顎で日の出の側を示した。ドゥランドのほうだ。
ドゥランドの役人が、これを使っている。老人は若いころ、それを見たことがあるのかもしれない。
僕が考えたつもりの道具には、もう名前があった。
縄の三角形と同じだ。この世界の人たちも、とっくに、崖や家の高さを測っていたのだ。この町に、それが要らなかっただけで。
老人は黙って作業台に向かった。
三日後にできあがったのは、思っていたよりずっときれいな道具だった。腕木も竿も、目の細かい黄色い木で、目盛りの刻みが、焼いた針で一本ずつ黒く入れてあった。錘は、川原の丸い黒い石に穴をあけたものだった。腕木の根もとには、僕の絵にはなかった、小さな覗き穴の板がついていた。目の位置が、いつも同じところに来るように。
老人は、そこだけ指で叩いて、ふん、と鼻を鳴らした。
◆
腕木は、崖の外へ突き出していないと使えない。向こうの壁の深いところを見下ろすには、竿を、縁よりも外の空中に下げる必要がある。
西の縁の、空へ突き出した松の幹の一本に、腕木を縄で縛りつけることにした。
トカリーニャが、幹の上を歩いていった。
僕は息をのんだ。松の幹は、崖の縁から斜めに空へ突き出している。その下は、底の見えない空っぽだ。トカリーニャは、腕を広げもせずに、裸足の足の指で凍った幹の樹皮をつかんで、すたすたと歩いていった。幹の先のほうで、くるりと振り返って、しゃがみこんだ。
僕が投げた縄を、片手で受け取った。
ヒルヴァンが、うなった。
「krámbo.」
トカリーニャは、腕木の先に竿を結び、竿の先の錘を空中にそっと下ろした。錘は、切れ込みの底から吹き上げる風にゆらゆらと揺れ、やがて止まった。竿が、まっすぐ下を向いた。
僕は、腕木の根もとに顔を寄せた。片目をつぶって、腕木に沿って、向こうの壁を見る。
見下ろす線が、竿を横切る。そのところの目盛りを読めばいい。
でも、ここからは、竿の目盛りが細かすぎて読めない。
僕は、竿に結んだ小さな結び目を指さして、トカリーニャに合図した。結び目を、上へ。下へ。もう少し下へ。結び目が、向こうの壁の氷の棚の縁と、ちょうど重なったところで、手を上げた。
「séir!」
トカリーニャが、結び目の位置の目盛りを、指でたどって読んだ。
「dáumbar nél ómbul.」
腕木は一腕、百指。向こうの壁まで、百腕。
腕木と竿でできた小さな三角形と、僕の目から向こうの壁の棚までの大きな三角形は、同じ形をしている。だから、竿で読んだ指の数が、そのまま、棚の深さの腕の数になる。
氷の棚は、縁から二十七腕。
綱場の綱は、三十腕。氷の棚に届いて、三腕余る。
ヒルヴァンが、黙って僕を見た。
次は、krambóra。krámbo に -óra で、krambóraだったのだ。トカリーニャが結び目を下げていく。止める。読む。
「ánþombar lím ómbul.」
八十五腕。
ヒルヴァンが知っていたのは、氷の棚から六綱ほど下。二十七足す六十で、八十七。
ほとんど、同じだった。
ヒルヴァンは、しばらく何も言わなかった。崖の向こうの壁の、崖山羊の棚のあたりを、じっと見ていた。崖山羊を追って、自分の足で下りた棚。縄を握りしめた手の感覚まで、覚えているのだろう。
僕は、説明しようとした。小さな三角形と、大きな三角形。形が同じなら、割合も同じ。
「téir filái pírai, téir filái mórai... sán ín!」
身振りで、指で、灰の代わりに霜の上に線を引いて。
トカリーニャが、僕の線の脇の白いものを指先でつついた。
「sírna.」
霜のことだ。sirnóra の sirn と、同じ音。三つ目の棚は、sirnóra だったのだ。
ヒルヴァンは、僕の引いた線を見下ろしていた。それから、自分の足もとの、長く伸びた松の影を、顎で示した。
「krambár vóila þóvo. lúin éso þóvo lóuvan, trúin ésa vélun.」
krambár は、krámbo に似ていた。崖山羊を追う人、狩人のことだろうか。þóvo は知らない言葉だった。でも、ヒルヴァンの顎の先には、長く伸びた松の影があった。
狩人は、影を読む。影が遠くまで伸びれば、日暮れが近い。
影の長さで、日暮れまでの時を読む。
棒の長さと、影の長さ。それから、太陽の高さ。それも、同じ形の三角形だ。
ヒルヴァンは、ずっと前から知っていたのだ。言葉が違うだけで。
「vérin. sóinim ném.」
ヒルヴァンは、それだけ言った。
それが、ヒルヴァンが僕の「測る」を信じた、という意味だった。
◆
深いところは、腕木を短くして測った。
腕木を一手に縛り直して、読んだ指の数を十倍にする。結び目を動かすのは、またトカリーニャだった。風が強くなって、錘が揺れるたびに、トカリーニャは幹の上で身を低くして、揺れが止まるのを黙って待った。手が凍えると、自分の脇の下に挟んで温めて、またすぐに竿に戻した。
三つ目、霜の棚。二十三指。二百三十腕。
崩れた四つ目の棚の跡。三十八指。三百八十腕。
五つ目の跡。四十七指。四百七十腕。
そして、崖のすそ。泥の原が、霞の中で灰色に光っているところ。
「sóurombar ómbul.」
六百腕。
千メートルと少し。
ただし、と僕は、炭を握ったまま考えた。
この読み方は、棚も崖のすそも、みんな、向こうの松の真下の、まっすぐな壁の上にあると思って数えている。百腕の距離は、縁の松までの距離だ。でも、崖は氷の棚のすぐ下で、内側へえぐれている。壁がどこかで引っこんでいたり、すそが泥の原のほうへ張り出していたりすれば、横の距離が変わる。深いところほど、見下ろす角度は急になる。横の距離が少し違うだけで、読みは大きくずれる。
氷の棚と崖山羊の棚の数は、確かめられた。霜の棚から下は、おおよそだ。
僕は、石の原に、数を並べて書いた。炭で。高原の数字で。27、23、37。
霜の棚までは、棚が残っている。そこから下は、崩れた二つの棚の跡を越えて、のっぺりとした壁が、崖のすそまでまっすぐ落ちている。
壁がまっすぐなら。何もない壁なら、綱がどこにも引っかからない。
それも、まだ、わからない。下りて確かめた者は、いないのだから。
縁から氷の棚まで、二十七腕。今の綱で届く。
氷の棚から霜の棚まで、二百三腕。二十一綱。
霜の棚から崖のすそまで、三百七十腕。三十七綱。
帳場の書付には krailándo という語が何度も出てきた。kráil に、kloimándo と同じ -ándo。綱をつかみ直すところ。krailándo とでも言ったところか。ドゥランドの降ろし場の綱も、崖の途中のどこかで持ち替えているのだろう。
氷の棚と霜の棚を継ぎ場にして、綱を三段に継げば、崖のすそまで届く。
「dáu krailándo, téir fúnel.」
でも、言いながら、最後の数が気になっていた。
三百七十腕。三十七綱。一本の綱にしては、長すぎるかもしれない。綱は、長くなればなるほど、自分の重さが増える。三百七十腕の綱は、吊った硬木より重くなるかもしれない。いちばん上で、その全部を支えなければならない。
どうすればいいのか、今の僕には、わからなかった。
ヒルヴァンは、炭の数字を長いあいだ見下ろしていた。
トカリーニャが、松の幹から戻ってきた。僕の数字をのぞきこんで、指で一つずつなぞった。何も言わなかった。
ヒルヴァンが、ようやく口を開いた。
「na sán éndrai bróusai.」
三十七綱の綱。それを、硬木を吊ったまま、巻き胴で巻き上げる。ドゥランドの降ろし場では、一つの巻き胴に、運び人が十人がかりで棒を押している。それが、三段。
朝の煙を数えれば、この町の炉は十五ほどしかない。
日が、傾きはじめていた。松の影が、石の原の上に、長く長く伸びていた。
崖を測ることはできた。
でも、崖を下ろすには、手が足りない。
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