第18話 崖を測る

冬の朝は、音が硬い。

霜を踏む音。井戸の釣瓶が氷の膜を割る音。白糸川の滝の、凍りかけた水がつららの間を落ちていく、細く高い音。どれも、乾いた冷たい空気の中で、遠くまでくっきりと届いた。

山猫の谷の人たちは、帰らなかった。

シラノは、倉の炉に泊まったまま、毎日、白糸川沿いの道を行ったり来たりしていた。橇の通れる幅を測り、凍った斜面に足をかけ、倒木を斧で払った。丸太を谷から町まで下ろせるかどうか、自分の足で確かめているのだ。トカリーニャは、シラノの後ろを、裸足で、音もなくついて歩いていた。

僕は毎日、崖の縁に通った。

知りたいことは、一つだった。

崖の途中の棚は、それぞれ、縁から何腕下にあるのか。

そこまで、綱は何本要るのか。

◆

最初に思いついたのは、石だった。

崖の縁から石を落として、底に着くまでの時を数える。落ちる時間がわかれば、高さは計算できる。中学の理科で習った式が、頭の中にすぐに浮かんだ。

僕は足もとの石を一つ拾って、縁から身を乗り出した。

手首を、つかまれた。

ヒルヴァンだった。いつの間にか、後ろに立っていた。顔が、これまで見たことのないくらい険しかった。

「mé duliþésa fáron es orénos.縁から荷を落とさぬこと」

ドゥランドの降ろし場の入り口に立っている、灰色の碑の言葉だった。帳場に通う道で何度も前を通ったのに、ちゃんと読んだことはなかった。秤と分銅の決まりらしい行が並ぶ下に、この一行があったのだけは覚えている。

「món silóur.石もだ」

ヒルヴァンは、僕の手から石を取り上げて、足もとに置いた。

崖の下には、ダーロルがある。泥の原に、人が住んでいる。縁商人の市が立つ。上から落ちてきた石が、誰かの頭に当たらないとは限らない。

でも、ヒルヴァンの顔は、危ないからというだけの顔ではなかった。指先と手のひらに塩をつけるときの、町の人たちの顔に似ていた。理由は、わからない。ただ、ここでは、してはいけないことなのだ。

それに、と僕は手のひらの冷たさを感じながら考えた。

もし千メートル近い崖なら、石が落ちるのに十四秒くらいかかる。底に当たった音が上まで上がってくるのに、さらに三秒。風の中では、石は思ったとおりには落ちない。音は、滝の音に消される。どのみち、まともな数にはならなかった。

僕は、ヒルヴァンに頭を下げた。

ヒルヴァンは、何も言わずに縁を離れた。少し行ってから、振り返らずに言った。

「tór.来い」

◆

ヒルヴァンが連れていったのは、町の綱場だった。

崖の縁に突き出した太い腕木と、その根もとの巻き胴。一年前、僕はこの綱で引き上げられた。巻き胴には、太い綱がぐるぐると巻きつけてある。凍った撚りの表面が、朝日を受けて白く光っていた。

僕は、綱を指さして聞いた。

「pómbar éso fúnel só?この綱どれくらいある?」

「téir fúnelul.三綱」

三つの綱。綱が、三本。

僕は首をかしげた。巻き胴に巻いてあるのは、どう見ても一本の綱だ。

ヒルヴァンは、面倒くさそうに鼻を鳴らした。それから、両腕を左右にいっぱいに広げてみせた。指先から指先まで。

「ín daumár.一腕」

それから、腕を広げたまま、横に一歩ずつずれていった。一つ、二つ、と十まで数えた。

「ín fúnel, ombár daumárul.一綱は、十腕」

綱は、綱であると同時に、長さの名前でもあるのだ。十腕で、一綱。綱場の綱の、一継ぎの長さ。

それから、daumár。両腕を広げた長さ。

僕は、自分の両腕を広げてみた。

そして、気がついた。

小学校の二年生のとき、自分の名前の由来を調べてくる宿題があった。尋。母さんは辞書を引いて、教えてくれた。尋は、両手を左右に広げた長さのこと。昔の日本の、長さの単位。海の深さや、綱の長さを測るのに使った。

——広い心で、人と人とをつなぐ綱みたいな人になってほしくて。

母さんは、たしかそう言った。小学生の僕には、ピンと来なかった。

崖の縁の、綱場の前で、僕は両腕を広げたまま立っていた。

「víra þelá némes daumár, un viréi némes僕の言葉では、僕の名前は、腕を言う.」

ヒルヴァンは、僕の顔をじっと見た。それから、近づいてきて、僕の広げた右手の指先に、自分の左手の指先を合わせた。もう片方の手で、僕の左手の先までの長さを、自分の腕と比べた。

「na ésa híro ín daumárまだ一腕に足りん. réum márul, nél ómbul九手と七指だ.」

それから、ほんの少しだけ、口の端を上げた。

ヒルヴァンが笑うのを見たのは、初めてかもしれなかった。

◆

綱場の綱は、三綱。三十腕。

その綱で、一つ目の氷の棚まで、荷を下ろしていた。一年前、僕を引き上げたのも、この綱だ。綱は氷の棚に届いて、少し余る。だから、氷の棚は、縁から三十腕より少し浅いところにある。

二つ目の krambóra は、ヒルヴァンが知っていた。若いころ、何かの獣を追って、縄を伝って下りたことがあるのだという。

「es téndos, sóur fúnelul dúror.そこから、六綱ほど下だ」

氷の棚から、六綱。六十腕ほど。縁からなら、九十腕くらい。

krambóra は、ヒルヴァンの話では、その獣がやっと四つ足をそろえて立てるくらいの、細い岩の筋だという。人が膝をついて休むのがやっとで、巻き胴を据えるような幅はない。

でも、その下は、誰も知らない。

三つ目の sirnóra。崩れた四つ目と五つ目の棚の跡。それから崖のすそ。何百年も前に道が崩れてから、誰も下りていない。上からは、見えもしない。崖は氷の棚のすぐ下で内側へえぐれていて、縁から腹ばいになってのぞいても、その先は影の中だ。

真上からは、見えない。

でも、横からなら。

◆

白糸川は、北から流れてきて、町の日の入りの側で、崖の縁に細長い切れ込みを刻んでいた。何千年もかけて、滝が崖を削ったのだろう。切れ込みの奥で、細い一本の滝が落ちている。旧道の棚は、その切れ込みの、東側の壁に沿って並んでいた。

だったら、切れ込みの向こう側、西の縁に立てば、東の壁を横から見下ろせる。

ヒルヴァンと二人で、凍った白糸川の上流を渡って、西の縁へ回りこんだ。

見取り図:白糸川の切れ込み(上から見た図)
見取り図:白糸川の切れ込み(上から見た図)

西の縁は、町の側よりも荒れていた。石の原に、ねじくれた低い松がしがみつくように生えていて、そのうちの何本かは、幹を崖の外の空へ大きく突き出していた。縁に立つと、切れ込みの底から冷たい風が吹き上げてきて、頬を叩いた。

向こうの壁が、見えた。

灰色の岩の壁に、白い筋が何本も走っていた。凍った滝のしぶきの跡だ。その壁に、ところどころ、棚が張り出していた。一つ目。二つ目。ずっと下に、三つ目。さらに下、壁がぎざぎざに欠けた跡が二つ。崩れた棚だ。そこから先は、のっぺりとした壁が、霞んだ崖のすそまで、まっすぐに落ちていた。

見える。全部、見える。

あとは、測るだけだ。

◆

測るには、まず、向こうの壁までの横の距離がいる。

切れ込みは渡れない。縄を張ることもできない。でも、崖の上の石の原なら、いくらでも歩ける。

僕はヒルヴァンに頼んで、綱場の古い縄を一本もらってきていた。それに、ちょうど一腕おきに結び目を十二作ってもらい、両端を結んで輪にした。結び目と結び目のあいだが、一腕ずつの、十二の区間になる。長さを測るときは、これを伸ばして、結び目を数えればいい。ヒルヴァンの指は、凍えていても速かった。結び目は、どれもきっちり同じ大きさだった。

その輪の縄を、地面に三角形に張った。三つ、四つ、五つの区間で、三つの辺を作る。

三角形の、三と四の辺のあいだに、ぴたりと直角ができる。

ヒルヴァンは、張られた縄を見下ろして、ふん、と鼻を鳴らした。

「sérinこうやって kúndaする ólmar爺さん te bróla作る bóralul家を.」

家を作る爺さんも、こうする。ヒルヴァンは足で地面に四角を描いて、その角を指さした。家の土台の角を出すときに、同じことをするらしい。

この世界にも、もうあったのだ。

でも、悔しくはなかった。むしろ、うれしかった。同じことを知っている人が、ここにもいる。

◆

向こうの縁の、ちょうど棚の並ぶ壁の真上に、松が一本立っていた。あれを目印にする。

僕は、こちらの縁の、その松の真正面に立った。そこから、縄で出した直角の向きに、縁に沿って四十腕歩いて、杭を打った。さらに八腕歩いて、もう一本。そこで縄でもう一度直角を出して、縁から離れるほうへ歩いた。

杭を一本ずつ見通しながら、あの松と、四十腕のところの杭とが、ぴたりと一つに重なって見える場所を探す。

これが、うまくいかなかった。

僕の目では、杭と松が重なったと思っても、一歩動くと、もうずれている。ヒルヴァンがやっても、同じだった。

そのとき、後ろで声がした。

「séndo.ここ」

トカリーニャだった。

いつからいたのか、わからなかった。頭巾の耳を風になびかせて、石の原の上に立っていた。裸足の足は、霜の上で、真っ赤だった。シラノのところから、勝手についてきたらしい。

トカリーニャは、僕が探していた場所から、半歩横にずれたところに立って、片目をつぶっていた。それから、もう一度言った。

「sán ín.重なった」

僕はトカリーニャの横に立って、片目をつぶった。

杭と、松が、一つになっていた。

そこに、最後の杭を打った。そこまでの長さを、結び目の縄で測った。二十腕。

上から見た図:切れ込みの幅を、崖の上で測る
上から見た図:切れ込みの幅を、崖の上で測る

小さな三角形と、大きな三角形。形が同じだから、辺の長さの割合も同じになる。

八腕に対して、二十腕。四十腕に対して、向こうの松まで。

四十かける二十、割る八。

「sénþar daumárur.百腕」

ヒルヴァンが、切れ込みの向こうの松を見た。

「ín halá.」

halá は知らない言葉だった。ヒルヴァンは、両手を口に当てて、腹の底から叫んだ。

「hóu!」

声が、切れ込みを渡っていった。向こうの壁に当たって、少し遅れて、返ってきた。

hóu。

一呼び。声を上げて、返ってくるまでの距離。そういう長さの名前らしかった。昔の人は、本当にこうやって測ったのかもしれない。

◆

次の日、町の木工の老人のところへ行った。

雨季の終わりに、僕の木の塊を見て首を振った、あの老人だ。眉毛の長い、腰の曲がった。老人は、僕の顔を覚えていた。今度は、何を彫れと言うのか、という顔をした。

僕は、灰の上に絵を描いた。

まっすぐな腕木を一本。長さは、ちょうど一腕。目盛りを手と指で刻む。その先に、もう一本、竿を直角に下げる。竿にも、指の目盛り。竿の先には、糸と錘をつけて、竿がいつもまっすぐ下を向くようにする。

老人は、絵を長いあいだ見ていた。それから、眉毛の下の目を細めて、灰の上の竿を指で叩いた。

「rimblóna.」

rimb は、数える。lóna は、柱の木。数える柱。

老人は、竿の先の錘を指さした。

「dulmón.」

下りる、石。

それから老人は、自分の肩をつまんで、上着を何枚も重ねるような手つきをした。ウェレルが、役人のことを話すときにした手つきだ。そのあと片腕を目の高さにまっすぐ伸ばして、片目をつぶり、腕の先の遠くを、じっと見るまねをした。最後に、顎で日の出の側を示した。ドゥランドのほうだ。

ドゥランドの役人が、これを使っている。老人は若いころ、それを見たことがあるのかもしれない。

僕が考えたつもりの道具には、もう名前があった。

縄の三角形と同じだ。この世界の人たちも、とっくに、崖や家の高さを測っていたのだ。この町に、それが要らなかっただけで。

老人は黙って作業台に向かった。

三日後にできあがったのは、思っていたよりずっときれいな道具だった。腕木も竿も、目の細かい黄色い木で、目盛りの刻みが、焼いた針で一本ずつ黒く入れてあった。錘は、川原の丸い黒い石に穴をあけたものだった。腕木の根もとには、僕の絵にはなかった、小さな覗き穴の板がついていた。目の位置が、いつも同じところに来るように。

老人は、そこだけ指で叩いて、ふん、と鼻を鳴らした。

◆

腕木は、崖の外へ突き出していないと使えない。向こうの壁の深いところを見下ろすには、竿を、縁よりも外の空中に下げる必要がある。

西の縁の、空へ突き出した松の幹の一本に、腕木を縄で縛りつけることにした。

トカリーニャが、幹の上を歩いていった。

僕は息をのんだ。松の幹は、崖の縁から斜めに空へ突き出している。その下は、底の見えない空っぽだ。トカリーニャは、腕を広げもせずに、裸足の足の指で凍った幹の樹皮をつかんで、すたすたと歩いていった。幹の先のほうで、くるりと振り返って、しゃがみこんだ。

僕が投げた縄を、片手で受け取った。

ヒルヴァンが、うなった。

「krámbo.崖山羊か」

トカリーニャは、腕木の先に竿を結び、竿の先の錘を空中にそっと下ろした。錘は、切れ込みの底から吹き上げる風にゆらゆらと揺れ、やがて止まった。竿が、まっすぐ下を向いた。

僕は、腕木の根もとに顔を寄せた。片目をつぶって、腕木に沿って、向こうの壁を見る。

見下ろす線が、竿を横切る。そのところの目盛りを読めばいい。

でも、ここからは、竿の目盛りが細かすぎて読めない。

僕は、竿に結んだ小さな結び目を指さして、トカリーニャに合図した。結び目を、上へ。下へ。もう少し下へ。結び目が、向こうの壁の氷の棚の縁と、ちょうど重なったところで、手を上げた。

「séir!止まれ!」

トカリーニャが、結び目の位置の目盛りを、指でたどって読んだ。

「dáumbar nél ómbul.二十七指」

横から見た図:向こうの壁の棚の深さを、腕木と測り竿で読む
横から見た図:向こうの壁の棚の深さを、腕木と測り竿で読む

腕木は一腕、百指。向こうの壁まで、百腕。

腕木と竿でできた小さな三角形と、僕の目から向こうの壁の棚までの大きな三角形は、同じ形をしている。だから、竿で読んだ指の数が、そのまま、棚の深さの腕の数になる。

氷の棚は、縁から二十七腕。

綱場の綱は、三十腕。氷の棚に届いて、三腕余る。

ヒルヴァンが、黙って僕を見た。

次は、krambóra。krámbo崖山羊 に -óra で、krambóra崖山羊の棚だったのだ。トカリーニャが結び目を下げていく。止める。読む。

「ánþombar lím ómbul.八十五指」

八十五腕。

ヒルヴァンが知っていたのは、氷の棚から六綱ほど下。二十七足す六十で、八十七。

ほとんど、同じだった。

ヒルヴァンは、しばらく何も言わなかった。崖の向こうの壁の、崖山羊の棚のあたりを、じっと見ていた。崖山羊を追って、自分の足で下りた棚。縄を握りしめた手の感覚まで、覚えているのだろう。

僕は、説明しようとした。小さな三角形と、大きな三角形。形が同じなら、割合も同じ。

「téir filái pírai, téir filái mórai小さい三本の線と、大きい三本の線... sán ín同じだ!」

身振りで、指で、灰の代わりに霜の上に線を引いて。

トカリーニャが、僕の線の脇の白いものを指先でつついた。

「sírna.」

霜のことだ。sirnóra の sirn と、同じ音。三つ目の棚は、sirnóra霜の棚 だったのだ。

ヒルヴァンは、僕の引いた線を見下ろしていた。それから、自分の足もとの、長く伸びた松の影を、顎で示した。

「krambár vóila読む þóvo. lúinとき ésoある þóvo lóuvan遠い, trúin近い ésaある vélun.」

krambár は、krámbo に似ていた。崖山羊を追う人、狩人のことだろうか。þóvo は知らない言葉だった。でも、ヒルヴァンの顎の先には、長く伸びた松の影があった。

狩人は、影を読む。影が遠くまで伸びれば、日暮れが近い。

影の長さで、日暮れまでの時を読む。

棒の長さと、影の長さ。それから、太陽の高さ。それも、同じ形の三角形だ。

ヒルヴァンは、ずっと前から知っていたのだ。言葉が違うだけで。

「vérinそのとおりだ. sóinim némこの目で見た.」

ヒルヴァンは、それだけ言った。

それが、ヒルヴァンが僕の「測る」を信じた、という意味だった。

◆

深いところは、腕木を短くして測った。

腕木を一手に縛り直して、読んだ指の数を十倍にする。結び目を動かすのは、またトカリーニャだった。風が強くなって、錘が揺れるたびに、トカリーニャは幹の上で身を低くして、揺れが止まるのを黙って待った。手が凍えると、自分の脇の下に挟んで温めて、またすぐに竿に戻した。

三つ目、霜の棚。二十三指。二百三十腕。

崩れた四つ目の棚の跡。三十八指。三百八十腕。

五つ目の跡。四十七指。四百七十腕。

そして、崖のすそ。泥の原が、霞の中で灰色に光っているところ。

「sóurombar ómbul.六十指」

六百腕。

千メートルと少し。

ただし、と僕は、炭を握ったまま考えた。

この読み方は、棚も崖のすそも、みんな、向こうの松の真下の、まっすぐな壁の上にあると思って数えている。百腕の距離は、縁の松までの距離だ。でも、崖は氷の棚のすぐ下で、内側へえぐれている。壁がどこかで引っこんでいたり、すそが泥の原のほうへ張り出していたりすれば、横の距離が変わる。深いところほど、見下ろす角度は急になる。横の距離が少し違うだけで、読みは大きくずれる。

氷の棚と崖山羊の棚の数は、確かめられた。霜の棚から下は、おおよそだ。

僕は、石の原に、数を並べて書いた。炭で。高原の数字で。27二十七、23二百三、37三百七十。

霜の棚までは、棚が残っている。そこから下は、崩れた二つの棚の跡を越えて、のっぺりとした壁が、崖のすそまでまっすぐ落ちている。

壁がまっすぐなら。何もない壁なら、綱がどこにも引っかからない。

それも、まだ、わからない。下りて確かめた者は、いないのだから。

縁から氷の棚まで、二十七腕。今の綱で届く。

氷の棚から霜の棚まで、二百三腕。二十一綱。

霜の棚から崖のすそまで、三百七十腕。三十七綱。

帳場の書付には krailándo という語が何度も出てきた。kráilつかめ に、kloimándo学び舎 と同じ -ándo。綱をつかみ直すところ。krailándo継ぎ場? とでも言ったところか。ドゥランドの降ろし場の綱も、崖の途中のどこかで持ち替えているのだろう。

氷の棚と霜の棚を継ぎ場にして、綱を三段に継げば、崖のすそまで届く。

「dáu krailándo継ぎ場二つ, téir fúnel綱三本.」

でも、言いながら、最後の数が気になっていた。

三百七十腕。三十七綱。一本の綱にしては、長すぎるかもしれない。綱は、長くなればなるほど、自分の重さが増える。三百七十腕の綱は、吊った硬木より重くなるかもしれない。いちばん上で、その全部を支えなければならない。

どうすればいいのか、今の僕には、わからなかった。

ヒルヴァンは、炭の数字を長いあいだ見下ろしていた。

トカリーニャが、松の幹から戻ってきた。僕の数字をのぞきこんで、指で一つずつなぞった。何も言わなかった。

ヒルヴァンが、ようやく口を開いた。

「na sán éndrai bróusai.人が足りない」

三十七綱の綱。それを、硬木を吊ったまま、巻き胴で巻き上げる。ドゥランドの降ろし場では、一つの巻き胴に、運び人が十人がかりで棒を押している。それが、三段。

朝の煙を数えれば、この町の炉は十五ほどしかない。

日が、傾きはじめていた。松の影が、石の原の上に、長く長く伸びていた。

崖を測ることはできた。

でも、崖を下ろすには、手が足りない。

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