書き終えた――完了の形と時間の上手・下手

この課では、「〜し終えた」「〜してしまった」という完了の言い方を学びます。

高原語には時制(過去・現在・未来)の形がないことを、前の課で学びました。lísa は「書く」とも「書いた」とも訳せます。そのかわり、高原語には「その事柄が終わっているかどうか」を言い分ける形があります。作り方は少し変わっていて、語尾をつけるのではなく、語根の母音を変えます。lísa「書く」が léisa「書き終えた」になります。

よく使う動詞のいくつかは、完了の形がまったく別の語になります。「行く」gél- の完了は váls-、「来る」tór- の完了は táis- です。森の村や崖道で交わされるくだけた挨拶 ké máines?「食べたか」も、この完了の形でできています。

後半では、時間の前と後を言う方法を学びます。この言語が話されている高原では、時間は源から流れ下る川にたとえられます。早いことは上手、遅いことは下手にあります。そこで「霧の前に」は an nébroi「霧の上手で」と言います。縁の市では、これが「期限までに」という意味の大事な決まり文句になっています。

新出語

dóulin[ˈdoulin]もう「もう」。dúl-「下る」の完了 dóul- から来た語で、もとの意味は「下り終えて」。動詞のすぐ後ろ、主語の前に置きます。
unlóur[unˈlour]まだ「まだ」。もとの意味は「同じ瀬の内に」。dóulin と同じく、動詞のすぐ後ろに置きます。na と一緒に使うと「まだ〜ない」。
anlúin[anˈluin]昔「昔」。字の意味は「上手の時」。時間の上手にあるもの、ということです。
dulúin[duˈluin]のち「のち」。字の意味は「下手の時」。anlúin と対にして覚えましょう。
selúin[seˈluin]今「今」。sé「この」と同じ形を含んでいます。
telúin[teˈluin]その時「その時」。té「あの」と同じ形を含んでいます。selúin と対にして覚えましょう。
grúndo[ˈgrundo]掛け「掛け」(あとで支払う約束の代金)。重性の名詞なので、「掛けが」も「掛けを」も grúndo のままです。縁の市では、掛けは霧の前に精算します。
meirtaulá[meirtauˈla]取引「取引」。méir-「与える」と tául-「取る」を合わせた語です。軽性。

1. 完了の形:語根の母音を変える

規則:「〜し終えた」「〜してしまった」と言うときは、動詞の語根の母音を変えます。語尾は何もつけ足しません。

語根の母音 変わり方 例
i ei になる lís-「書く」→ léis-、níl-「飲む」→ néil-
u ou になる dúl-「下る」→ dóul-
a ai になる mán-「食べる」→ máin-、vánd-「量る」→ váind-
e ee(長くなる) kél-「伐る」→ kéel-
二重母音・長母音 後ろに -s- を足す áur-「昇る」→ áurs-、ráin-「知る」→ ráins-

例

注意

2. 語尾はこれまでと同じ

規則:完了の語根には、これまでに習った人称の語尾をそのままつけます。

単数 双数 複数
1人称 léisim léisau léisimor
2人称 léises léisau léisers
3人称 léisa(軽)/léiso(重) léisau léisan

例

注意

3. 形がまったく変わる完了

規則:毎日のように使う動詞のいくつかは、完了の語根がまったく別の形になります。一つずつ覚えてください。

意味 ふつうの語根 完了の語根 例
いる・である és- wéir- wéiro glünó.「氷ができた(今は氷がある)」
行く gél- váls- válsim.「私は行ってしまった」
来る tór- táis- táisa senár.「目付が来た(着いた)」
言う vír- þóul- þóula térin.「(彼は)そう言った」
見る sén- sóin- sóinim ó.「私はそれを見た(見届けた)」

注意

4. くだけた挨拶:ké máines? ― máinim.

規則:森の村や崖道で、親しい人や同じ身分の人に会ったときは、「食べたか」と尋ねるのが挨拶になります。mán-「食べる」の完了 máin- を使います。

高原語 意味
問い ké máines? 食べたか(元気か)
答え(はい) máinim. 食べた
答え(いいえ) na máinim unlóur. まだだ

例

注意

5. 「もう」dóulin と「まだ」unlóur

規則:dóulin「もう」と unlóur「まだ」は、動詞のすぐ後ろ、主語の前に置きます。

形 意味 例
完了 + dóulin もう〜し終えた léisa dóulin lisár plánan.「書記はもう帳簿を書き終えた」
na + 完了 + unlóur まだ〜し終えていない na léisim unlóur sáindaran.「私はまだ証文を書き終えていない」
na + ふつうの形 + unlóur まだ〜しない na tóra unlóur senár.「目付はまだ来ない」

注意

6. 時間は川の流れ:「前」は上手、「後」は下手

規則:時間の前後は、方角の前置詞 an(上手)と du(下手)を使って言います。早いことが上手、遅いことが下手です。

言い方 字の意味 意味
an + 〜に(与格) 〜の上手で 〜の前に
du + 〜に(与格) 〜の下手で 〜の後に

例

注意

例文

léisa lisár plánan.

読み:レーサ リサール プラーナン。

léis-alis-árplán-an.
書く<〜し終えた>-<(軽いものが)>書く-<〜する人>帳簿-<対格>

「書記は帳簿を書き終えた。」

lís- の i が ei に変わって完了になります。語尾 -a はこれまでと同じです。

ké máines? máinim.

読み:ケー マイネス?マイニン。

kémáin-es?máin-im.
<〜か>食べる<〜し終えた>-<あなたが>食べる<〜し終えた>-<私が>

「「食べたか?」「食べた。」」

二人のやりとりです。森や崖道のくだけた挨拶で、答えは問いの動詞を1人称に変えて繰り返します。

an nébroi, dóulo fáron du orén.

読み:アン ネーブロイ、ドーロ ファーロン ドゥ オレーン。

annébr-oi,dóul-ofáronduorén.
上手霧-<与格>下る<〜し終えた>-<(重いものが)>荷<主格>下手縁<対格>

「霧の前に、荷は縁へ下り終えた。」

dúl- は動きの動詞なので、時を表す an nébroi は文の頭に出して読点で区切ります。

léisim sáindaran an nébroi.

読み:レーシン サインダラン アン ネーブロイ。

léis-imsáindar-anannébr-oi.
書く<〜し終えた>-<私が>証文-<対格>上手霧-<与格>

「私は霧の前に(期限までに)証文を書き終えた。」

lís- は動きの動詞ではないので、an nébroi を文の後ろに置いても時の意味になります。

du nébroi, na tóra orenvandár.

読み:ドゥ ネーブロイ、ナ トーラ オレンヴァンダール。

dunébr-oi,natór-aorenvandár.
下手霧-<与格><〜ない>来る-<(軽いものが)>縁商人<主格>

「霧の後には、縁商人は来ない。」

du +与格で「〜の後に」。tór- は動きの動詞なので、時の句を文の頭に出しています。

táisa senár es dúnos.

読み:タイサ セナール エス ドゥーノス。

táis-asen-áresdún-os.
来る<〜し終えた>-<(軽いものが)>見る-<〜する人>から丘-<属格>

「目付が丘から着いた。」

tór- の完了は別の語 táis- になります。「来てしまった」、つまり「着いた」という感じです。

válsa sélvan du orén.

読み:ヴァルサ セルヴァン ドゥ オレーン。

váls-asélvanduorén.
行く<〜し終えた>-<(軽いものが)>セルヴァン<主格>下手縁<対格>

「セルヴァンは縁へ行ってしまった。」

gél- の完了は váls-。「もうここにはいない」という含みがあります。

anórel, wéiro glünó véinoroi.

読み:アノーレル、ウェーロ グリュノー ヴェーノロイ。

anórel,wéir-oglünóvéinor-oi.
昨日いる<〜し終えた>-<(重いものが)>氷<主格>湖-<与格>

「昨日、湖に氷が張った。」

és- の完了 wéir- は「〜があるようになった」という意味です。氷ができて、今もあることを言っています。

na léisim unlóur sáindaran.

読み:ナ レーシン ウンロール サインダラン。

naléis-imunlóursáindar-an.
<〜ない>書く<〜し終えた>-<私が>まだ証文-<対格>

「私はまだ証文を書き終えていない。」

unlóur は動詞のすぐ後ろに置きます。na と完了の形と一緒に使って「まだ〜し終えていない」。

léisa dóulin lisár grúndo plánei.

読み:レーサ ドーリン リサール グルンド プラーネイ。

léis-adóulinlis-árgrúndoplán-ei.
書く<〜し終えた>-<(軽いものが)>もう書く-<〜する人>掛け<対格>帳簿-<与格>

「書記はもう掛けを帳簿に書き終えた。」

dóulin も動詞のすぐ後ろ、主語の前に置きます。grúndo は重性なので「〜を」でも形が変わりません。

練習問題

  1. 次の動詞を完了の形にしてください(人称の語尾はそのまま)。

    1. lísim「私は書く」
    2. dúlo「(重いものが)下る」
    3. mánimor「我々は食べる」
    4. vándim「私は量る」
    5. tóra「(人が)来る」
    6. sénes「お前は見る」
    解答
    1. léisim(i → ei)
    2. dóulo(u → ou)
    3. máinimor(a → ai)
    4. váindim(a → ai)
    5. táisa(tór- の完了は別の語 táis-)
    6. sóines(sén- の完了は別の語 sóin-)

    5と6は母音の規則では作れません。表で覚えておきましょう。

  2. 次の高原語を日本語に訳してください。

    1. válsa sélvan du dálor.
    2. du nébroi, na gélim du orén.
    3. þóula senár térin.
    解答
    1. 「セルヴァンは下の国へ行ってしまった。」(váls- は gél-「行く」の完了)
    2. 「霧の後には、私は縁へ行かない。」(du +与格で「〜の後に」。動きの動詞の文なので、時の句が文の頭に出ています)
    3. 「目付はそう言った。」(þóul- は vír-「言う」の完了)
  3. 日本語を高原語にしてください。

    1. 霧の前に、私は帳簿を書き終えた。
    2. 書記はまだ証文を書き終えていない。
    3. 霧の前に、荷は縁へ下り終えた。
    解答
    1. léisim plánan an nébroi.(an nébroi, léisim plánan. でもかまいません)
    2. na léisa unlóur lisár sáindaran.(unlóur は動詞のすぐ後ろ、主語の前)
    3. an nébroi, dóulo fáron du orén.

    3は動きの動詞 dúl- の文なので、an nébroi を後ろに置くと「霧の北側へ」という方角の意味に取られてしまいます。かならず文の頭に出して、読点で区切りましょう。

  4. 崖道で、知り合いの運び人に声をかけられました。空欄を埋めてください。

    • 運び人:ké ___?「食べたか?」
    • あなた(もう食べた):___.
    • あなた(まだ食べていない):na ___ ___.
    解答
    • ké máines?
    • máinim.
    • na máinim unlóur.

    答えでは、問いの2人称 -es を、自分のことを言う1人称 -im に変えます。この挨拶は目上の人には使いません。

  5. 【発音】日本語話者には、二重母音 ei と長母音 ee が、どちらも「エー」と聞こえがちです。次の組で、完了の形はどちらですか。また、母音の違いを説明してください。

    1. lísa / léisa
    2. kélim / kéelim
    3. dúlo / dóulo
    解答
    1. léisa が完了です。i が二重母音 ei に変わっています。「エ」から「イ」へ口を閉じていく音で、「レーサ」ではなく「レイサ」です。
    2. kéelim が完了です。e が同じ長さの e を二つ重ねた長母音 ee になっています。こちらは本当に「ケーリム」です。
    3. dóulo が完了です。u が二重母音 ou に変わっています。「ドーロ」ではなく、「オ」から「ウ」へ唇をすぼめていく「ドウロ」です。

    léisa(ei)と kéelim(ee)は、聞き分けられないと完了の作り方を取り違えてしまいます。注意して聞きましょう。

コラム:霧の前に――霧の中の約束は守られない

縁の市では、an nébroi「霧の前に」という言葉を一日に何度も耳にします。字の意味は「霧の上手で」ですが、市では「期限までに」という意味の決まり文句として使われています。

この言語が話されている高原の暦では、乾風期が終わると、崖の下から湿った空気が這い上がってきて、高原の縁を濃い霧で埋めます。高原の人々はこの霧を「下の国の息」と呼びます。雨は高い雲から降ってくるので、天を通って清められた「上からの恵み」とされます。ところが霧は、天を通らずに地面から湧いて、空と人とのあいだに割りこみます。霧が出ると祖先は下界を見通せなくなり、嘘や争いが増え、物事の境があいまいになる、と考えられているのです。

そのため、霧の季節に結んだ約束は「霧の約束」と呼ばれて、重んじられません。霧の夜に立てた誓いは祖先に届かないので、無効だとされます。霧の中で書いた字は墨がにじんで下へ流れると言われ、大事な書きものも避けられます。霧の中で人の名前を大声で呼ぶのも禁忌です。下の国に名前を聞かれ、その人が下へ引かれてしまうと言われるからです。

縁の市は、霧が崖を上りはじめるころに閉じます。商人たちは、乾風期の前半に結んだ取引の掛け(grúndo)を、後半の凍りの頃に精算します。帳簿の見開きの片側に下ろし荷、もう片側に上げ荷を書いて突き合わせ、すべて霧の前に片づけるのです。「掛けは霧の前に」は、市で暮らす人たちにとって、何より大事な決まりです。

この課で学んだ完了の形も、精算の場ではよく使われます。léisa dóulin lisár grúndo.「書記はもう掛けを書き終えた」と言えれば、その年の取引は安心です。反対に na léisim unlóur ó.「まだ(それを)書き終えていない」と言うのは、霧が迫るころの商人にとって、いちばん口にしたくない言葉なのです。

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