私の荷、私には荷がある――「〜の」と「〜に」

この課では、名詞の語尾をあと二つ覚えます。「〜の」を表す語尾と、「〜に」を表す語尾です。

この二つがわかると、高原語のとても大事な言い方の一つ、**「私には〜がある」**が言えるようになります。高原語には「持つ」という動詞がありません。そのかわり、「荷が・ある・私に」のように言います。

場面は、高原の家の炉ばたです。客が来ると、家の人は乳や茶、乾酪を出し、ときには小さな皿に塩をひとつまみ載せて出します。「何があるか」「誰のものか」「誰に出すか」を言えるようにしましょう。

新出語

és-[ˈes]いる第3課の「〜は…だ」の ésa・éso と同じ動詞です。この課では「〜がある・いる」の意味で使います。動詞は「ある物」に一致します。
nímbo[ˈnimbo]乳乳。重性(-o で終わる語)。毛山羊の乳をよく飲みます。
þovríl[θoˈvril]茶茶。影の木の葉を煮出した苦い茶です。重性の語です(主格と対格が同じ形)。祀りで祖先に供える茶だけは、動詞や代名詞を軽性で受けます(祀りに慣れた人は指示詞や形容詞も軽性にします)。
kailó[kaiˈlo]乾酪乾酪(チーズ)。重性。毛山羊の乳から作ります。
méula[ˈmeula]毛山羊毛山羊。軽性(-a で終わる語)。「〜の」は méules です。
méir-[ˈmeir]与える与える・出す。もらう人は「〜に」(与格)で言います。
torár[toˈrar]客客。軽性。「〜に」は torárei です。
kórvo[ˈkorvo]倉倉。重性。「倉に」は kórvoi です。

1. 「〜の」は名詞の後ろに:軽性 -es、重性 -os

規則:「〜の」は、名詞に語尾 -es(軽性)か -os(重性)をつけて作ります。日本語とは逆に、「〜の」がついた語は、説明される名詞の後ろに置きます。

性 もとの形 「〜の」 例
軽性(人・名前など) sélvan sélvanes plána sélvanes「セルヴァンの帳簿」
軽性(-a で終わる語) méula méules nímbo méules「毛山羊の乳」
軽性(語尾に強勢) virá virés 語尾の強勢がそのまま -és に乗る
重性 dálor dáloros sáko dáloros「下の国の塩」
重性(-o で終わる語) nébro nébros -o が -os になる

例

注意点

2. 「〜に」:軽性 -ei、重性 -oi

規則:「〜に」は、軽性なら -ei、重性なら -oi をつけて作ります。文の中では、目的語(〜を)の後ろに置きます。語順は「動詞・主語・目的語・〜に」です。

性 もとの形 「〜に」
軽性 senár senárei
軽性 torár torárei
軽性(-a で終わる語) endríña endríñei
重性 kórvo kórvoi
重性 orén orénoi

例

「〜に」には二つの使い方があります。

使い方 意味 例
受け手 〜に(与える・書く) torárei「客に」
場所 〜に(ある)・〜で kórvoi「倉に」

注意点

3. 人称代名詞の「〜の」と「〜に」

規則:人称代名詞も、名詞と同じ語尾をとります。

〜が 〜の 〜に
私 ném némes némei
お前 tás táses tásei
彼・彼女(軽) él éles élei
それ(重) ó ós ói
我々 némor némores némorei
お前たち társ társes társei

例

注意点

4. 「持つ」という動詞はない:「ある+持ち主の〜に」

規則:「私には荷がある」は、**「ある・荷が・私に」**の順で言います。持ち主は「〜に」の形です。

éso fáron némei.「私には荷がある」

ある 何が 誰に
éso fáron némei

動詞は、持ち主ではなく、持たれている物に一致します。 荷 fáron は重性なので、éso(重性の形)です。持ち主が「私」でも、*ésim にはなりません。

持たれている物 動詞 例
重性(荷・塩・雑穀・乳) éso éso sáko némei.「私には塩がある」
軽性(帳簿・証文) ésa ésa plána tásei.「お前には帳簿がある」

例

注意点

5. 「〜はあるか」への答え方

規則:第5課で習ったように、高原語には問いに「はい」と答える一語がなく、問いの動詞を繰り返して答えます。所有の問いでは、動詞が物に一致しているので、答えの動詞の形は変わりません。

問い 「はい」 「いいえ」
ké éso tambór tásei?「お前、雑穀はあるか」 éso. na éso.
ké sénes plánan?「帳簿が見えるか」 sénim. na sénim.

例

注意点

例文

éso fáron némei.

読み:エーソ ファーロン ネーメイ。

és-ofáronném-ei.
いる-<(重いものが)>荷<主格>私-<与格>

「私には荷がある。」

「持つ」の代わりに「ある+持ち主の〜に」で言う。動詞は荷(重性)に一致して éso。

ké éso tambór tásei? éso.

読み:ケー エーソ タンボール ターセイ?エーソ。

kéés-otambórtás-ei?és-o.
<〜か>いる-<(重いものが)>雑穀<主格>お前-<与格>いる-<(重いものが)>

「「お前、雑穀はあるか?」「ある。」」

二人の発話。動詞が雑穀に一致しているので、「はい」の答えも éso のまま。

na éso sáko némei.

読み:ナ エーソ サーコ ネーメイ。

naés-osákoném-ei.
<〜ない>いる-<(重いものが)>塩<主格>私-<与格>

「私には塩がない。」

否定は動詞の前の na。

éso fáron némes gróm.

読み:エーソ ファーロン ネーメス グローン。

és-ofáronném-esgróm.
いる-<(重いものが)>荷<主格>私-<属格>重い

「私の荷は重い。」

「〜の」は名詞の後ろ。fáron némes「私の荷」が主語。例文1の「私には荷がある」と比べること。

éso sáko dáloros némei.

読み:エーソ サーコ ダーロロス ネーメイ。

és-osákodálor-osném-ei.
いる-<(重いものが)>塩<主格>下の国-<属格>私-<与格>

「私には下の国の塩がある。」

dáloros は出どころの「〜の」。「〜の」と「〜に」が一つの文に並ぶ。

lísa lisár sáindaran senárei.

読み:リーサ リサール サインダラン セナーレイ。

lís-alis-ársáindar-ansen-ár-ei.
書く-<(軽いものが)>書く-<〜する人>証文-<対格>見る-<〜する人>-<与格>

「書記が目付に証文を書く。」

語順は「動詞・主語・目的語・〜に」。受け手 senárei は目的語の後ろ。

méirim nímbo torárei.

読み:メーリン ニンボ トラーレイ。

méir-imnímbotorár-ei.
与える-<私が>乳<対格>客-<与格>

「私は客に乳を出す。」

主語「私」は動詞の語尾 -im でわかるので言わない。nímbo は重性なので「〜を」でも形が変わらない。

méira silára kailó endríñei.

読み:メーラ シラーラ カイロー エンドリーニェイ。

méir-asilárakailóendríñ-ei.
与える-<(軽いものが)>シラーラ<主格>乾酪<対格>子ども-<与格>

「シラーラが子どもに乾酪をあげる。」

-a で終わる軽性の語 endríña は、-a が -ei に入れかわる。

níla endríña nímbo méules.

読み:ニーラ エンドリーニャ ニンボ メウレス。

níl-aendríñanímboméul-es.
飲む-<(軽いものが)>子ども<主格>乳<対格>毛山羊-<属格>

「子どもが毛山羊の乳を飲む。」

méula「毛山羊」の「〜の」は méules。

éso tambór kórvoi, salóur na éso þovríl.

読み:エーソ タンボール コルヴォイ、サロール ナ エーソ ソヴリール。

és-otambórkórv-oi,salóurnaés-oþovríl.
いる-<(重いものが)>雑穀<主格>倉-<与格>しかし<〜ない>いる-<(重いものが)>茶<主格>

「倉に雑穀はあるが、茶はない。」

kórvoi は場所の「〜に」。後半の文は前半と同じ場所の話なので、kórvoi を言い直していない。salóur「しかし」は参考に見せるだけで、のちの課で習います。

練習問題

  1. 次の日本語を高原語にしてください。

    (1) 私には雑穀がある。 (2) お前には塩があるか?

    解答

    (1) éso tambór némei. (2) ké éso sáko tásei?

    持ち主は「〜に」(némei・tásei)。動詞は持たれている物(雑穀・塩、どちらも重性)に一致して éso です。

  2. 次の高原語を日本語にしてください。

    (1) éso fáron némes gróm. (2) éso fáron némei.

    二つの文の違いも説明してください。

    解答

    (1) 「私の荷は重い。」 (2) 「私には荷がある。」

    (1) の némes は「〜の」で、fáron némes「私の荷」という一つの名詞のかたまりになっています。(2) の némei は「〜に」で、持ち主を表しています。

  3. ( )に語尾を入れてください。

    (1) lísa lisár sáindaran senár( ).「書記が目付に証文を書く」 (2) sáko dálor( )「下の国の塩」 (3) nímbo méul( )「毛山羊の乳」 (4) éso tambór kórv( ).「倉に雑穀がある」

    解答

    (1) -ei → senárei(軽性の「〜に」) (2) -os → dáloros(重性の「〜の」) (3) -es → méules(軽性の「〜の」。méula の -a が入れかわる) (4) -oi → kórvoi(重性の「〜に」)

  4. ké éso nímbo élei?「彼には乳があるか?」と聞かれました。

    (1) 「ある」と答えてください。 (2) 「ない」と答えてください。 (3) ké sénes plánan?「帳簿が見えるか?」に「見える」と答えるときとの違いは何ですか。

    解答

    (1) éso. (2) na éso. (3) ké sénes plánan? には sénim. と、人称を「私」に変えて答えます。所有の問いでは、動詞 éso が持ち主ではなく乳(重性)に一致しているので、形を変えずに éso のまま答えます。

  5. 発音の問題です。日本語話者には、次の二つが同じように聞こえがちです。どこが違い、それぞれどういう意味ですか。

    (1) némes と némei (2) nébro と nébroi

    解答

    (1) némes(ネメス)は「私の」、némei は「私に」です。ei は二重母音で「エー」と聞こえやすいので、語末に s があるかどうかに耳を澄ませましょう。 (2) nébro は「霧が・霧を」、nébroi は「霧に・霧の中で」です。最後に「イ」が軽くつくかどうかだけで違います。

  6. 次の日本語を高原語にしてください。

    「シラーラが客に乾酪を出す。」

    解答

    méira silára kailó torárei.

    語順は「動詞・主語・目的語・〜に」です。シラーラは軽性なので動詞は méira、乾酪 kailó は重性なので「〜を」でも形が変わりません。客 torár の「〜に」は torárei です。

コラム:塩ひとつまみのもてなし――「上からの恵み」と「下からの恵み」

この言語が話されている高原では、塩がまったく採れません。塩はすべて崖の下の干潟から、運び人が崖道を担いで上げてきます。そのため塩は、高原でいちばんの贅沢品です。ふだんの料理はとても塩けが薄く、塩をたっぷり使った料理が出るのは宮廷の宴くらいです。

そこで、客をもてなすときの最高の礼は、小さな皿に塩をひとつまみ載せて出すことです。乳や茶、乾酪を出すのはふつうのもてなしですが、そこに塩の小皿が添えられていたら、客は大事にされているとわかります。この課で習った言い方なら、家の人は心の中で「éso sáko némei(私には塩がある)、だからあなたに差し上げる」と言っているわけです。

高原の人々は、身のまわりに届くものを「どちらから来たか」で分けて考えます。

文法の性もこの見方と重なっています。雨や雪は軽性、塩は重性です。sáko dáloros「下の国の塩」という言い方には、ありがたさと、ちょっとした居心地の悪さの両方が入っているのです。

いっぽう崖のすぐ上に住む縁の人々は、干潟の習わしにならって、腰の小袋に塩を入れて持ち歩きます。縁起の悪いことを聞くと、指先の塩を額に当てて厄を払います。都の人は塩を祀りの器にしか使わないので、これを見ると眉をひそめます。同じひとつまみの塩でも、もてなしの皿に載るか、額に当てられるかで、高原のどこで暮らしてきた人なのかがわかります。

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