昇りますように――願いと丁寧な依頼

この課では、動詞の願いの形(「〜しますように」)を学びます。

高原語の話される土地では、言葉は息で、息は上へ昇っていくものと考えられています。ですから、願いを口にすることは、それ自体が小さな祈りでもあります。人々は、祖先に向けた祈りでも、隣の人への頼みごとでも、同じ一つの形を使います。

この課の目標は三つです。

  1. 「〜しますように」「〜できますように」と、願いを言えるようになる。
  2. 同じ身分の相手に、命令ではなく、ていねいに頼めるようになる(「この帳簿を見てくれぬか」)。
  3. 第1課から丸ごと覚えてきた挨拶 aurénde selvá! と、市でいつも耳にする ende が、実はこの願いの形だったと知る。

これまで「決まり文句」として覚えてきた言葉の中身が、この課で見えるようになります。

新出語

aurvirá[aurviˈra]祈り「祈り」。áur-「昇る」+ virá「言葉」で、「昇る言葉」の意味。軽性a語幹なので、「祈りを」は aurvirán です。
aursár[aurˈsar]祖先「祖先」。áur- から作った語で、「昇った人」の意味。軽性で、複数の「祖先たちを」は aursárais です。
émbel-[ˈembel]祀る「祀る」。願いの形は embelénd- で、強勢が後ろへ移ります。
lóim-[ˈloim]唱える「唱える」。祈りや詞を声に出して唱えるときに使います。
séulin[ˈseulin]友「友」。同じ身分の親しい相手に、文の終わりで呼びかけるときにも使えます。
faronér-[faroˈner]担ぐ「担ぐ」。fáron「荷」から作った動詞です。願いの形は faronerénd- になります。
séir-[ˈseir]待つ「待つ」。決まり文句 seirénde の元になった動詞です。
seirénde[seiˈrende]しばしお待ちを「しばしお待ちを」。séir- の願いの形(3人称単数・軽性)が、決まり文句として固まったものです。
dulénde[duˈlende]道中ご無事で(下る人へ)「道中ご無事で」。崖を下りていく人に向けて言います。dúl-「下る」の願いの形で、相手を3人称で言います(6節)。
hóin-[ˈhoin]帰る「帰る」。方角の語と一緒に使います(du orén「縁へ」など)。
dórel[ˈdorel]明日「明日」。字義は「下手の日」です。時は川の流れのように上手から下手へ流れる、という見方から来ています。

1. 願いの形:語根と語尾のあいだに -énd-

規則:動詞の語根と人称の語尾のあいだに -énd- を入れると、「〜しますように」「〜してくれぬか」という願いの形になります。人称の語尾は、これまでに習ったものとほとんど同じです。

lís-「書く」の願いの形:

単数 双数 複数
1人称 liséndim liséndau liséndimor
2人称 liséndes liséndau lisénders
3人称 lisénde(軽)/liséndo(重) liséndau liséndan

ふつうの形(言い切りの形)と並べると、違いがよくわかります。

言い切り 願い
私が書く lísim liséndim「私が書けますように」
お前が書く líses liséndes「書いてくれぬか」
(重いものが)〜 líso liséndo

注意:高原語の動詞には「いつのことか」を表す形がありません。願いの形も同じで、liséndim は「(これから)書けますように」の意味にも、「(今)書かせてほしい」という頼みの意味にもなります。

2. 強勢は -énd- に移る

規則:-énd- はいつも強勢をもちます。そのため、語根についていた強勢(´)は消えて、-é- のところに移ります。一つの語に ´ は一つだけです。

語根 意味 願いの形(2人称単数)
sén- 見る senéndes
vánd- 量る vandéndes
áur- 昇る auréndes
dúl- 下る duléndes
tór- 来る toréndes
hóin- 帰る hoinéndes
faronér- 担ぐ faroneréndes

注意:

3. 3人称単数・軽性だけは -e

規則:願いの形の3人称単数では、語尾が性によって分かれます。

言い切り 願い
軽性(息・人など) áura aurénde(× aurénda)
重性(荷・霧など) dúlo duléndo

例:

注意:この -e は不規則な形です。昔の語尾が縮んで残ったものと考えられています。「軽いものの願いは -e で終わる」と覚えてください。この -énde という響きは、このあと6節で大事になります。

4. 同じ身分の相手に頼む:願いの形の2人称

規則:同じ身分の相手に何かを頼むときは、命令の形(第10課)ではなく、願いの形の2人称を使います。日本語の「〜してくれぬか」「〜してもらえるか」にあたります。

相手 形 「この帳簿を見て」
目下(下向き) 命令の形 sén plánan sé!「この帳簿を見ろ」
同じ身分(並び) 願いの形・2人称 senéndes plánan sé.「この帳簿を見てくれぬか」
縁の市 むき出しの語幹+ende sén plána, ende.「帳簿、見てくれ、頼む」

相手が二人なら -éndau、三人以上なら -énders にします。

注意:

5. 「〜しませんように」「〜しないでくれぬか」:mé + 願いの形

規則:願いの形を打ち消すときは、na ではなく mé を動詞の前に置きます。命令の禁止(第10課)と同じ小辞です。

法 打ち消しの小辞
言い切り na
命令・願い mé

例:

注意:na toréndo とは言いません。na は「事柄がそうでない」と言うときに使う小辞で、mé は人や物事に「そうしないでほしい」と働きかけるときに使う小辞です。願いは働きかけなので、mé を使います。

6. 種明かし:aurénde selvá! と ende の正体

これまで丸ごと覚えてきた決まり文句は、どれも願いの形でできています。

決まり文句 分解 字義 ふだんの意味
aurénde selvá! aur-énd-e selvá 息が昇りますように ごきげんよう
dulénde! dul-énd-e (その方が)下りますように 道中ご無事で(崖を下る人へ)
seirénde. seir-énd-e (その方が)待ちますように しばしお待ちを
ende 語尾 -énde だけ ――(〜しますように) どうぞ・頼む

相手を3人称で言う:dulénde と seirénde は、目の前の相手に向けた言葉なのに、2人称の -es(duléndes)ではなく、3人称の -e の形です。祝福や挨拶の決まり文句では、相手を「あなた」と2人称で直接指さず、3人称で言います。直接指さないことで、敬意を込めるのです。第4課のコラムの「目上の人は3人称で呼ぶ」と同じ考え方で、aurénde selvá も、主語は相手その人ではなく「(その方の)息」になっています。この言い方は、第14課で敬語の頼み方として広がります。なお、決まり文句でない、同じ身分の相手へのふだんの頼みごとでは、2人称の形(seiréndes.「待ってくれぬか」)を使います。

注意:ende は、もう動詞の一部としては感じられていません。そのため、主語が重いもの(荷など)でも、endo にはなりません。ván fáron, ende.「荷を量ってくれ、頼む」のように、いつも ende です。

例文

aurénde selvá! an ilánais.

読み:アウレンデ セルヴァー!アン イラーナイス。

aur-énd-eselvá!anilán-ais.
昇る-<〜しますように>-<(軽いものが)>息<主格>上手灯-<〜たちを>

「「ごきげんよう(息が昇りますように)。」「星々へ。」」

二人の発話(挨拶と返し)。selvá は軽性なので、願いの語尾が -e になります。

senéndes plánan sé.

読み:セネンデス プラーナン セー。

sen-énd-esplán-ansé.
見る-<〜しますように>-<あなたが>帳簿-<対格>この<軽性>

「この帳簿を見てくれぬか。」

同じ身分の相手への依頼です。目下の人には sén plánan sé!、市では sén plána, ende. と言います。

liséndes sáindaran, séulin.

読み:リセンデス サインダラン、セウリン。

lis-énd-essáindar-an,séulin.
書く-<〜しますように>-<あなたが>証文-<対格>友

「友よ、証文を書いてくれぬか。」

呼びかけの語は、文の終わりに読点で区切って添えます。

faroneréndes fáron só du orén.

読み:ファロネレンデス ファーロン ソー ドゥ オレーン。

faroner-énd-esfáronsóduorén.
担ぐ-<〜しますように>-<あなたが>荷<対格>この<重性>下手縁<対格>

「この荷を縁まで担いでくれぬか。」

faronér- の強勢は、後ろの -énd- に移ります。fáron は重性なので、「〜を」の形も fáron のままです。

vandénders fáronul só.

読み:ヴァンデンデルス ファーロヌル ソー。

vand-énd-ersfáron-ulsó.
量る-<〜しますように>-<あなたがたが>荷-<〜たちを>この<重性>

「(皆さん)これらの荷を量ってくれぬか。」

三人以上の相手には -énders を使います。指示詞 só は、複数の名詞についても形が変わりません。

duléndo fáron du orén.

読み:ドゥレンド ファーロン ドゥ オレーン。

dul-énd-ofáronduorén.
下る-<〜しますように>-<(重いものが)>荷<主格>下手縁<対格>

「荷が無事に縁へ下りますように。」

主語が重性なので、語尾は -o です。人に向けて言う dulénde!(軽性の -e)と比べてみてください。

mé toréndo nébro.

読み:メー トレンド ネーブロ。

métor-énd-onébro.
<禁止・願いの打ち消し>来る-<〜しますように>-<(重いものが)>霧<主格>

「霧が来ませんように。」

願いを打ち消すときは mé を使います。霧の季節の前に、市の人々がよく口にする願いです。

aurénde aurvirá némes an ilánais.

読み:アウレンデ アウルヴィラー ネーメス アン イラーナイス。

aur-énd-eaurviráném-esanilán-ais.
昇る-<〜しますように>-<(軽いものが)>祈り<主格><私>-<属格>上手灯-<〜たちを>

「私の祈りが星々へ昇りますように。」

祈りは「昇る言葉」で、軽性です。挨拶の aurénde selvá! と同じ作りの文です。

hoinéndim du orén dórel.

読み:ホイネンディン ドゥ オレーン ドーレル。

hoin-énd-imduoréndórel.
帰る-<〜しますように>-<私が>下手縁<対格>明日

「明日、縁へ帰れますように。」

1人称の願いは、「〜できますように」「〜させてほしい」という意味になります。

embeléndimor aursárais.

読み:エンベレンディモル アウルサーライス。

embel-énd-imoraursár-ais.
祀る-<〜しますように>-<我々が>祖先-<〜たちを>

「我々が祖先をお祀りできますように。」

1人称複数の願いの形です。祖先は星(炉の火)と結びついているので、祖先にも数詞はつけず、ひとまとまりの複数で言います(第8課)。

練習問題

  1. 問1 sén-「見る」の願いの形を完成させてください。

    単数 複数
    1人称 (a) (b)
    2人称 (c) (d)
    3人称・軽性 (e) ―
    3人称・重性 (f) ―
    解答

    (a) senéndim (b) senéndimor (c) senéndes (d) senénders (e) senénde (f) senéndo

    強勢はどれも -é- に移ります。3人称単数・軽性だけが -e で終わることに注意してください。

  2. 問2 次の日本語を高原語にしてください。

    1. (同じ身分の相手に)この証文を書いてくれぬか。
    2. 荷が縁へ下りますように。
    3. 霧が来ませんように。
    4. (同じ身分の相手に)しばらく待ってくれぬか。
    解答
    1. liséndes sáindaran sé.(sáindar は軽性なので、「この」は sé です)
    2. duléndo fáron du orén.(fáron は重性なので -o です)
    3. mé toréndo nébro.(願いを打ち消すときは na ではなく mé を使います)
    4. seiréndes.(相手に向けて頼むので2人称の形です。決まり文句の seirénde.「しばしお待ちを」は3人称の形が固まったものです)
  3. 問3 次の高原語を日本語にしてください。

    1. aurénde aurvirá némes an ilánais.
    2. vandénders fáronul só.
    3. loiméndes aurvirán, séulin.
    4. dulénde!
    解答
    1. 私の祈りが星々へ昇りますように。
    2. (皆さん)これらの荷を量ってくれぬか。
    3. 友よ、祈りを唱えてくれぬか。(lóim- + -énd- + -es。強勢が移って loiméndes になります)
    4. 道中ご無事で。(崖を下りていく人に向けて言います。字義は「下りますように」です)
  4. 問4 正しいほうを選び、理由も答えてください。

    1. 息が昇りますように:aurénda selvá / aurénde selvá
    2. 霧が来ませんように:na toréndo nébro / mé toréndo nébro
    3. 市で「荷を量ってくれ、頼む」:ván fáron, ende. / ván fáron, endo.
    解答
    1. aurénde selvá:願いの形では、3人称単数・軽性の語尾が -a ではなく -e になります。
    2. mé toréndo nébro:願いの形を打ち消す小辞は mé です。
    3. ván fáron, ende.:ende は独立した小辞になっていて、もう主語の性に合わせて形を変えません。
  5. 問5(発音)次の語の強勢の位置に ´ をつけてください。また、1と2はどこが違うかを説明してください。

    1. lisim(私は書く)
    2. lisendim(私が書けますように)
    3. faronerendes(担いでくれぬか)
    4. ende(どうぞ)
    解答
    1. lísim
    2. liséndim
    3. faroneréndes
    4. ende(小辞として固まった形で、´ をつけずに書きます。もとになった語尾は -énde です)

    1と2の違い:言い切りの lísim は語根の lí- を強く読みます。願いの liséndim は -énd- が強勢をとるので、-sén- を強く読みます。強勢のところは、強く、少し長く発音します。

  6. 問6 次の市の言葉を、同じ身分の相手へのていねいな依頼に言い直してください。

    1. ván fáron, ende.
    2. sén plána, ende.
    解答
    1. vandéndes fáron.「荷を量ってくれぬか」
    2. senéndes plánan.「帳簿を見てくれぬか」

    市の言葉では、むき出しの語幹に ende を添えるだけでした。ていねいな依頼では、願いの形の2人称を使います。そのうえで、目的語に格の語尾も戻します。plána は軽性なので plánan になります。fáron は重性なので、そのままです。

コラム:願いの形が「どうぞ」になるまで――宮廷の言葉と市の言葉

この言語が話される高原の王国では、都の改まった場ほど、まっすぐな命令を嫌います。人に何かをしてほしいときは、「〜しますように」という願いの形で言います(目上の人には、相手を役職名で3人称にして言います)。言葉は息で、息は上へ昇り、祖先に届くものだと考えられているからです。整った願いの言葉は、相手への頼みであると同時に、天への小さな捧げものにもなります。

ところが、崖の麓に乾風期だけ開く縁の市では、事情がまったく違います。市には、都の大商家の手代、崖道の商人、荷を担ぐ運び人、そして崖の下から来た干潟の商人が集まります。身分の段もばらばらで、言葉も二つまじります。そこでは長い語尾は邪魔になり、動詞はむき出しの語幹(ván「量れ」、sén「見ろ」)で使われるようになりました。

それでも、ぶっきらぼうな命令だけでは角が立ちます。そこで、願いの語尾の響き -énde だけが、ちぎれて残りました。それが ende「どうぞ・頼む」です。都の手代が願いの形でていねいに頼んでも、その言葉が運び人の口を通るうちに、最後の響きだけが残り、ván fáron, ende. に縮まってしまいます。くだけた運び人どうしでは、さらに母音が落ちて énd になります。干潟の人の口では、子音のつながりがほどけて enëde と聞こえることもあります。

都の人の耳には、こうした市の言葉は「半ば沈んだ言葉」に聞こえます。けれども見方を変えれば、ende の一語には、願いを天へ昇らせようとした宮廷の言葉の名残が、今も小さく残っています。会えば aurénde selvá! と相手の息が昇るのを願い、崖を下る人には dulénde! と道中の無事を願い、市では ende と頼む。高原の人々は、身分も場所も違っても、同じ一つの願いの形を、それぞれの高さで使い続けているのです。

高原語辞典

高原語辞典

左の一覧から語を選ぶか、上の検索欄に日本語またはローマ字を入れてください。

高原語入門

左の目次から課を選んでください。

高原語の文法書

左の一覧から選んでください。

資料集

高原語で書かれた読み物です。左の一覧から選んでください。

小説

左の目次から話を選んでください。

語彙の候補

小説・世界設定・翻訳から見つけた「辞書にない語」の候補です(uv run conlang dict-grow 名前 で作られます)。登録する語を選んでください。同義語として複数選べます。

作ってほしい語を依頼する