おっしゃる、申す――敬語の特別な動詞と話し方の揺れ

前の課では、動詞の頭に au-(高める)と du-(低める)をつけて敬語を作る方法を学びました。ただし、毎日のように使う六つの動詞だけは、この規則に従いません。「いる・行く・来る・言う・食べる・見る」を敬語にすると、まったく別の語に入れかわります。日本語でも「言う」は「おっしゃる/申す」、「食べる」は「召し上がる/いただく」になりますね。これと同じしくみです。

この課の目標は次の三つです。

  1. 六つの動詞の尊敬の形と謙譲の形を使えるようになる。
  2. 目上の人に向かって、問いの小辞 ké も疑問詞も使わずにたずねられるようになる。
  3. 身分を測りかねる相手と話すときの「揺れた話し方」を聞き取れるようになる。

この言語が話されている高原の王国では、人はみな「十の段」のどこかに立っています。けれども、崖の下から来る干潟の人や縁商人は、その階段のどこにも乗っていません。そういう相手と話すとき、高原の人の言葉は、ていねいな形とくだけた形のあいだを行ったり来たりします。この課の後半では、その揺れ方を観察します。

新出語

aldán-[alˈdan]おわす「いる」の尊敬の形「おわす」。aldána aldár áuren「高き座がおわす」のように、王や目上の人がどこにいるかを言うときに使います。
fléir-[ˈfleir]お出ましになる「行く」の尊敬の形「お出ましになる」。推量にすると fleiréla で、強勢が -él- に移ります。
drén-[ˈdren]参る「行く」の謙譲の形「参る」。目上の人の前で、自分が行くことを言うときに使います(drénim「参ります」)。
glóir-[ˈgloir]お越しになる「来る」の尊敬の形「お越しになる」。推量 gloiréla は、目上の人にたずねるときの定番の形です。
glóiren[ˈgloiren]ようこそ「ようこそ」。glóir- に分詞の -en がついた形が固まったもので、もとは「お越しになった(方)」という意味です。
selvén-[selˈven]おっしゃる「言う」の尊敬の形「おっしゃる」。selvá「息」と同じ語源です。selván(「息を」)と聞き違えないように注意しましょう。
léun-[ˈleun]申す「言う」の謙譲の形「申す」。léunim「申し上げます」は、詩の挨拶や報告の前置きにもよく使います。
nélis-[ˈnelis]召し上がる「食べる」の尊敬の形「召し上がる」。客に食べ物をすすめるときは、願いの形 nelisénde で言います。
dúmar-[ˈdumar]いただく「食べる」の謙譲の形「いただく」。すすめられたら dúmarim「いただきます」と答えます。
lúum-[ˈluum]ご覧になる「見る」の尊敬の形「ご覧になる」。願いの形 luuménde は「ご覧いただきたく存じます」。
aurél[auˈrel]あの方「あの方」。目上の人を名前で呼ばずに指すための代名詞です。この課では主語の形だけを使います。
duném[duˈnem]手前「手前」。自分を低めて言う、改まった1人称の代名詞です。ふだんの ném のかわりに使います。
bóral[ˈboral]家「家・館」。bóral an dúnoi「丘の上の館」と言えば、そこに住む身分の高い人を遠回しに指すことになります。
naþrenár[naθreˈnar]段の外の者「段の外の者」。干潟の人や外から来た人など、身分の階段に乗っていない人を指します。

1. 別の語に入れかわる六つの動詞

規則:よく使う六つの動詞は、au- や du- をつけて敬語にするのではなく、別の語に入れかわります。

意味 ふつう 尊敬(相手を高める) 謙譲(自分を低める)
いる és- aldán-「おわす」 dóm-「控える」
行く gél- fléir-「お出ましになる」 drén-「参る」
来る tór- glóir-「お越しになる」 dunér-「参上する」
言う vír- selvén-「おっしゃる」 léun-「申す」
食べる mán- nélis-「召し上がる」 dúmar-「いただく」
見る sén- lúum-「ご覧になる」 dúrel-「拝見する」

例

注意

2. 形の作り方はふつうの動詞と同じ

規則:入れかわった語も、語尾や法の作り方は、これまでの動詞とまったく同じです。強勢をもつ -él-(推量)や -énd-(願い)がつくと、語根の ´ は消えます。

言い切り(3人称単数・軽性) 推量 願い
おわす aldána aldanéla aldanénde
お出ましになる fléira fleiréla fleirénde
お越しになる glóira gloiréla gloirénde
おっしゃる selvéna selvenéla selvenénde
召し上がる nélisa neliséla nelisénde
ご覧になる lúuma luuméla luuménde

謙譲の形は自分のことを言うので、ふつうは1人称で使います。

言い切り(1人称単数) 推量(1人称単数)
参る drénim drenéim
申す léunim leunéim
いただく dúmarim dumaréim

注意

3. 目上の人にたずねるときは ké を使わない

規則:目上の人に向かってたずねるときは、問いの小辞 ké を使いません。動詞を推量の形にして、「〜でいらっしゃるのでしょうか」と推し量ります。

相手 形 例
同じ段・目下 ké + 言い切り ké tóra senár es orénos?「目付は縁から来たか」
目上 尊敬の動詞 + 推量 gloiréla aulisár es orénos?「書記の方は縁からお越しになったのでしょうか」

例

注意

4. 王の呼び方と王の自称

規則:王は名前では呼ばず、座っている場所の高さで aldár áuren「高き座」と言います。王自身は自分を「我」と言わず、aldár sé「この座」と3人称で言います。動詞は3人称単数・軽性です。

言い方 意味 使う人
aldár áuren 高き座(今の王) 臣下・民
aldár sé この座(=我) 王自身
bóral an dúnoi 丘の上の館 王や身分の高い人を、住まいで遠回しに指す

例

注意

5. 話し方の揺れ:身分を測りかねる相手

規則:相手の身分がわからないと、話し方が混ざります。混ざり方は、話し手が自分を上と見ているか、下と見ているかで決まります。

話し手 混ざり方 聞こえ方
自分のほうが上だと思っている 命令の形を言いかけて、2人称の願いの形に言い直す 「〜しろ……いや、〜してくれぬか」
自分のほうが下か、同じくらい 3人称のていねいな形(推量・尊敬)と、2人称のくだけた形を行き来する 「〜なさったのでしょうか……〜したのかい」

例

注意

例文

aldána aldár áuren an dúnoi.

読み:アルダーナ アルダール アウレン アン ドゥーノイ。

aldán-aaldáráur-enandún-oi.
おわす-<(軽いものが)>座<主格>昇る-<〜した・〜された>上手丘-<与格>

「高き座は丘の上におわします。」

aldán- は「いる」の尊敬の形。áuren は「昇った」の分詞で、「高き」と訳します。

gloiréla aulisár es orénos?

読み:グロイレーラ アウリサール エス オレーノス?

gloir-él-aau-lis-áresorén-os?
お越しになる-<〜だろう>-<(軽いものが)><お〜になる・御〜>-書く-<〜する人>から縁-<属格>

「書記の方は縁からお越しになったのでしょうか。」

目上の人については ké を使わず、推量の形でたずねます。強勢が -él- に移るので、glóir- の ´ は消えます。

nelisénde aulisár kailó só. dúmarim.

読み:ネリセンデ アウリサール カイロー ソー。ドゥーマリン。

nelis-énd-eau-lis-árkailósó.dúmar-im.
召し上がる-<〜しますように>-<(軽いものが)><お〜になる・御〜>-書く-<〜する人>乾酪<対格>この<重性>いただく-<私が>

「「書記の方、この乾酪をお召し上がりください。」「いただきます。」」

二人の発話。すすめる側は相手を高める願いの形、答える側は自分を低める形で、受ける側は決まり文句の dúmarim「いただきます」で答えます。目の前に差し出された物を受ける決まった言い方なので、目的語は言いません。

selvéna ausenár virán sé.

読み:セルヴェーナ アウセナール ヴィラーン セー。

selvén-aau-sen-árvir-ánsé.
おっしゃる-<(軽いものが)><お〜になる・御〜>-見る-<〜する人>言葉-<対格>この<軽性>

「目付殿がこの言葉をおっしゃいます。」

selvén-「おっしゃる」は selvá「息」と同じ語源。目付殿 ausenár は、名詞なので規則どおり au- がつきます。

léunim virán sé ausenárei.

読み:レウニン ヴィラーン セー アウセナーレイ。

léun-imvir-ánséau-sen-ár-ei.
申す-<私が>言葉-<対格>この<軽性><お〜になる・御〜>-見る-<〜する人>-<与格>

「目付殿に、このことを申し上げます。」

謙譲の動詞(自分を低める)と、高めた「〜に」(相手を高める)を一つの文に並べています。

fleiréla ausenár du orén?

読み:フレイレーラ アウセナール ドゥ オレーン?

fleir-él-aau-sen-árduorén?
お出ましになる-<〜だろう>-<(軽いものが)><お〜になる・御〜>-見る-<〜する人>下手縁<対格>

「目付殿は縁へお出ましになるのでしょうか。」

行き先は「du +〜を」で言います。orén は重性なので、「〜を」も同じ形です。

dórel, drénim du orén.

読み:ドーレル、ドレーニン ドゥ オレーン。

dórel,drén-imduorén.
明日参る-<私が>下手縁<対格>

「明日、縁へ参ります。」

時の語は文の前に出して、読点で区切れます。drén- は「行く」の謙譲の形。

luuménde ausenár plánan sé.

読み:ルーメンデ アウセナール プラーナン セー。

luum-énd-eau-sen-árplán-ansé.
ご覧になる-<〜しますように>-<(軽いものが)><お〜になる・御〜>-見る-<〜する人>帳簿-<対格>この<軽性>

「目付殿に、この帳簿をご覧いただきたく存じます。」

目上の人への頼みは、命令ではなく3人称の願いの形で言います。目の前の相手を「目付殿は」と3人称で扱っています。

sén, senéndes plánan sé.

読み:セーン、セネンデス プラーナン セー。

sén,sen-énd-esplán-ansé.
見る<命令法><あなたが>見る-<〜しますように>-<あなたが>帳簿-<対格>この<軽性>

「見ろ……いや、この帳簿を見てくれぬか。」

自分のほうが上だと思っている話し手の揺れ。命令の sén を言いかけて、同じ段の相手への願いの形に言い直しています。

gloiréla orenvandár es dáloros? ké tóres sórel?

読み:グロイレーラ オレンヴァンダール エス ダーロロス?ケー トーレス ソーレル?

gloir-él-aorenvandáresdálor-os?kétór-essórel?
お越しになる-<〜だろう>-<(軽いものが)>縁商人<主格>から下の国-<属格><〜か>来る-<あなたが>今日

「縁商人殿は下の国からお越しになったのでしょうか……今日来たのかい?」

自分のほうが下か同じくらいだと思っている話し手(運び人)の揺れ。3人称の推量・尊敬の形で始めたのに、途中で ké と2人称のくだけた問いに戻っています。

練習問題

  1. 穴埋め:( )に入る動詞の形を書きましょう。

    1. (  ) ausenár an dúnoi.「目付殿は丘の上におわします」
    2. dórel, (  ) du orén.「明日、私は縁へ参ります」
    3. (  ) aulisár tambór só.「書記の方、この雑穀をお召し上がりください」
    4. (  ) virán sé aulisárei.「書記の方に、このことを申し上げます」
    解答
    1. aldána(「いる」の尊敬の形 aldán- + 3人称単数・軽性 -a)
    2. drénim(「行く」の謙譲の形 drén- + 1人称単数 -im)
    3. nelisénde(「食べる」の尊敬の形 nélis- の願いの形。強勢が -énd- に移り、3人称単数・軽性なので -e)
    4. léunim(「言う」の謙譲の形 léun- + -im)
  2. 目上の人へのたずね方に直す:次の問いは、同じ段の相手について言う形です。目上の人について言う形に直しましょう(senár は ausenár に、動詞は尊敬の形に)。

    1. ké tóra senár es dáloros?「目付は下の国から来たか」
    2. ké séna senár plánan sé?「目付はこの帳簿を見たか」
    解答
    1. gloiréla ausenár es dáloros?「目付殿は下の国からお越しになったのでしょうか」
    2. luuméla ausenár plánan sé?「目付殿はこの帳簿をご覧になったのでしょうか」

    ké を外して、動詞を尊敬の形の推量(-él-)にします。tór- は glóir- に、sén- は lúum- に入れかわります。*auséna のように au- をつけた形は使いません。

  3. 高原語→日本語:次の文を日本語に訳しましょう。だれの言葉と考えられるかも答えましょう。

    1. fleiréla aulisár du orén?
    2. aldána aldár sé an dúnoi.
    3. dúmarim tambór só.
    解答
    1. 「書記の方は縁へお出ましになるのでしょうか」。書記より身分の低い人の問いです。
    2. 「この座は丘の上におる」。aldár sé「この座」と自分のことを3人称で言っているので、王自身の言葉です。
    3. 「この雑穀をいただきます」。食べ物をすすめられた人が、自分を低めて答えています。
  4. 日本語→高原語:「目付殿に、この証文をご覧いただきたく存じます」を高原語で言いましょう。(証文 sáindar は軽性です)

    解答

    luuménde ausenár sáindaran sé.

    目上の人への頼みは、3人称の願いの形にします。lúum- + -énd- + -e で luuménde。証文は軽性なので「〜を」は -an、「この」は軽性の sé です。

  5. 話し方の揺れを聞き取る:次の二つの発話で、話し手は自分を相手より「上」と見ているでしょうか、「下(か同じくらい)」と見ているでしょうか。

    1. ván, vandéndes fáron só.
    2. gloiréla naþrenár es dáloros? ké tóres sórel?
    解答
    1. 上。命令の形 ván(vánd- のむき出しの語幹)を言いかけて、同じ段の相手への願いの形 vandéndes に言い直しています。「量れ……いや、この荷を量ってくれぬか」。
    2. 下か同じくらい。3人称の尊敬・推量の形 gloiréla で始めたのに、途中で ké tóres(2人称のくだけた問い)に戻っています。「段の外の方は下の国からお越しになったのでしょうか……今日来たのかい?」
  6. 発音:強勢の位置に気をつけて、次の組を言い分けましょう。それぞれどこに強勢があり、意味はどう違うでしょうか。

    1. lúuma / luuménde
    2. selvéna / selván
    解答
    1. lúuma(ルーマ)は語頭の長母音に強勢があり、「ご覧になる」(言い切り)。luuménde(ルウメンデ)は -énd- に強勢が移り、「ご覧いただきたく」(願い)。強勢が後ろへ移ると、語頭の uu は弱く短めに聞こえます。
    2. selvéna(セルヴェーナ)は「おっしゃる」(3人称単数・軽性)。selván(セルヴァーン)は selvá「息」の「〜を」の形です。同じ語源で響きが似ているので、母音 e と a をはっきり聞き分けましょう。

コラム:縁商人と揺れる話し方――身分の階段に乗らない人

この言語が話されている高原の王国では、人はだれもが「十の段」のどこかに立っています。王の「下りぬ段」から、崖道の運び人の「九段下り」までです。話し手は相手の段を見て、命令の形を使うか、願いの形を使うか、2人称で呼ぶか、役職名で3人称にするかを決めます。言葉の形そのものが、二人の高さの差を映す鏡になっているのです。

ところが、この鏡に映らない人々がいます。崖の下の干潟から来た人や、外から来た旅人です。高原の人は彼らを naþrenár「段の外の者」と呼びます。身分が低いというより、「階段に乗っていない」ので、どこに置けばいいのかわからない人たちです。

その代表が縁商人です。縁商人は干潟に生まれ育った商人で、高原語を話し、高原の文字で帳簿をつけ、乾風期の縁の市で両側の取引を仲立ちします。彼らは道の司から市の札(青銅の plíndo)を受けていて、市と崖道で商いをしているあいだだけは、六段下りに準ずる者として扱われます。証文に印を押すこともできます。けれども商いの場を一歩離れれば、また段の外の者に戻ります。

そのため、高原の人が縁商人と話すと、言葉がどうしても揺れます。都の大商家の手代は、自分のほうが上だと思っているので、sén!「見ろ」と言いかけてから senéndes「見てくれぬか」と言い直します。いっぽう崖道の運び人は、札をさげた相手を立てて gloiréla「お越しになったのでしょうか」と言い出しますが、毎年顔を合わせる仲なので、途中で ké tóres?「来たのかい?」とくだけてしまいます。

縁の肩や崖道に住む人々は、段より「どこの誰か」を先に気にします。縁商人を名前で呼ぶのは、王国の中でも縁の人々だけだと言われます。都の人はこれを「下の国に染まった」と笑いますが、縁の人々は「段が上がると、息が冷える」と言い返すそうです。揺れる話し方は、礼儀の乱れというより、階段の外の相手とどう向き合うかを探る、正直な言葉の姿なのかもしれません。

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